冷酷上司の甘いささやき
女性の方は、私の知らない人だった。課長の彼女なのかな。彼女がいるなんて話、聞いたことなかったけど。まあ、周りに内緒でお付き合いをしている人がいたってなにもおかしくないよね。


なんにせよ、男性の方が課長なら、間違いなく暴漢ではないので、私はあのふたりが去るまで、もう少しこのままここにいてなんとかやり過ごそう……と思った。
早く帰りたいけど、こんな場面に鉢合わせたくない。それに、気まずすぎる。



そう思った瞬間。




パシィィィン。

「!?」

静かな夜の空間にはっきりと響いたその乾いた音に、私は思わず体を震わせてしまった。

隠れていたから今なにが起こったのか見ていなかったけど、音の正体はおそらく、女性が課長の頬とかを叩いたものだと思う……。


私が再度、バレないように静かに電柱から顔だけ出すと、

「もういい!! 大っ嫌い!!」

女性はそう言って、アパートに走りながら入っていった。


……同じアパート!? 私、課長の彼女(かどうかはまだわからないけど)と同じアパートに住んでたの!?



……って、今はそれはどうでもいいか。このまま課長は、あの女の人を追いかけてアパートに入っていくのか、それとも帰るために駅まで向かうのか……なんて考えていると。



「……戸田さん?」

「はっ!」

いつの間にやら、電柱の陰に隠れていた私の横に課長が立っていた。
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