冷酷上司の甘いささやき
……い、言われたい放題。わ、私グーで殴ってはないんですけど。なにもしてないのに手を出したというのも違くないかい……? もうすぐ三十路のおばさんというのは間違いありませんが……。



「すっげぇめちゃくちゃなこと言ってるな」

課長も同じく阿部さんたちの方を見ながらそう呟く。


「そ、そうですね」

「デマ流されてんの腹立つだろ。気持ちわかるぞ、俺も経験あるからな。つい最近。あの子によって」

「や、やっぱり少しは怒ってたんですね……」

「あ、そうだ。デマを流されてるから腹立つんだよ。今からデマを事実にしてこい」

「え? どういうことですか?」

「グーで殴ってこい」

「なに言ってるんですか!」

「冗談だよ」

冗談なのはわかってたけど、課長の冗談にはまだ慣れていないから、ちょっと驚いてしまった。ついさっきまでとはべつの意味で心臓がドキッとした。



「それより、どうする?」

課長が私にそう尋ねる。


「え?」

「このまま阿部さんとすれ違う? ふたりでいるとこ見られるけど」

「あっ」

そ、そうだよね。阿部さんたち、今は自販機の前でビール飲みながらおしゃべりしてるけど、もうすぐこっち歩いてくるよね……。



「俺は見られてもまあいいけど」

「わ、私はすみません。やっぱ、ウワサとか立つのは嫌で……」

「よりによってウワサ話大好きな子が相手だしな」


……それに、銀行は社内恋愛禁止だから。べつにバレたらクビってことにはもちろんならないけど、私か課長のどちらかがほかの支店に異動になることは間違いない。……せっかくお付き合いを始めたんだから、もう少し同じ店で働きたい。ひとり好きの私がこんなこと思うの変化もしれないけど……。
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