冷酷上司の甘いささやき
……が。



「えー、本人の強い希望で、阿部さんは事務課から営業課に移ることになりました」



掃除後の朝礼での部長のその言葉に、周囲がざわつく。



「えっ、なに、どういうことですか? 営業課を希望? ていうかそれじゃ事務課の人員足りなくないですか?」


日野さんも、となりで動揺しながら私に小声でそう話す。



「う、うん、そうだね……」

私もそう答えるけど。正直、事務課の人員が足りなくなることより、『本人の強い希望で営業課』という言葉が気になって気になって仕方なかった。
私のことが嫌いで、私とはもう仕事がしたくなくて、事務課を出たいということならまだわかる……。
でも、それならおそらく、ほかにも女性がいる融資課とか出納係に移らせるはずだ。
『本人の希望で営業課』ということは、それはその言葉通りなんだろう。阿部さんは事務課を出たかったというより、営業課に行きたかったんだ。その理由はおそらく……いや、確実に――。



「それから」

戸惑う私たちに構うことなく、部長は話を続ける。


「この課替えに伴い、阿部さんの指導係は、戸田さんから遠山課長に変更となります」


……え!?



ちら、と私のななめ前に立つ阿部さんに目を向ければ、にこにこと楽しそうな表情を浮かべていた。



この子も、やっぱり課長のことが……。



……課長の彼女は私、そう考えていれば本来ならきっとなにも怖くない。だけど……。
< 70 / 117 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop