冷酷上司の甘いささやき
「んで、外から帰ってきたらこの書類はここ綴って」

「はいっ」

「で、この棚からこの棚が決算書のファイルが入ってる」

「はいっ」


書類やファイルの場所とかを教えてるんだ……。
それにしても阿部さん、いい返事……私が教えてた時は、いつもちゃんとした返事しなかったのに……くそぅ。



……違う。一番気になるのは、そこじゃない。


一番気になるのは、課長だ。



明らかに、声色がやさしい。口調もなんとなくやわらかい気がする。

そりゃあ、やさしいのに越したことはないけど……明らかにほかの女性社員への接し方と、今の阿部さんへの接し方、違うじゃん……。


阿部さんが本部の方の姪だから、課長も気をつかってるの? いや、課長はそんなこと気にするタイプじゃない気がする。


そんなことを考えていると、ずっと引っかかっていた、土曜日のことを思い出す。


課長が阿部さんに見せてた、私の知らない、やさしい笑顔。



……なんか嫌な予感がして、私はあの時と同じように、こっそり顔を出してふたりの様子をうかがった。



すると……。




「……っ」

ショックで、思わず声が出てしまいそうだった。それを堪えて、私は柱の陰に体を戻した。



なんで……。課長、




またあの時のやさしい笑顔してるのーー……?





しばらくすると、課長と阿部さんは書庫室を出ていった。ぽつんと、私だけがその場に残る。



……いつでもクールで、めったに笑顔を見せない課長が、阿部さんに対してあんなにわかりやすくやさしく笑ってる。
それは、普段の課長じゃないことは明らかで、でもその理由はわからなくて。
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