ナイショの恋人は副社長!?
 
想像を裏切られたのは、今日の昼もそうだ。

まさか、弁当を自身で買いに行くとは思っていなかったし、煮物などという地味なものを口にするとは思ってもみなかった。

(煮物は、本当に食べたかどうかはわからないけど)
 
心の中でそう付け足すが、今、現実にこのラッシュに揉まれる車内に立つ敦志を見れば、煮物の弁当を本当に買ったのかもしれないと優子は思う。
 
どちらにせよ、今日の敦志は優子にとっては好印象でしかない。
想像を裏切られたといっても、いい意味での裏切りなのだ。
 
優子の言葉を聞いた敦志は、優しく眉を下げる。

「私のことを、どんなふうに思ってらっしゃるんですか? 普通ですよ」
 
触れそうで触れない、微妙な距離で見つめ合う。

手を伸ばせば、簡単に触れられるその距離に、敦志がいる。
優子だけを見て、仕事以外の会話をして……。それも、立場の違う優子を差別することなく、全てを包み、守ってくれるような、優しい空気で。

まるで時間が止まったかのような感覚で、敦志を黙って見つめ続ける。
敦志は、優子の視線から逃げることもせず、真っ直ぐと向き合う。

優子は、敦志のそういう姿勢にも好感を持ち、余計に胸が高鳴った。
そんな優子の気も知らず、敦志は微笑を浮かべる。

「普通に電車にも乗るし、お弁当も買うし、煮物も食べます」
 
優子は、今日あった出来事を並べて言う敦志に目を丸くし、その後、堪え切れずに笑いを零してしまった。
敦志もまた、ようやく緊張が解れたような優子の笑顔に頬を緩める。

「スーツだって、数着のものを着回しますよ」
 
そうして、悪戯に微笑む敦志は、自分が着ている上着の襟元に触れてみせる。
目をぱちくりとさせた優子が、敦志の顔からゆっくりと目線を下げる。

それは確かに、ついこの間、優子が敦志から借りたスーツだった。

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