ナイショの恋人は副社長!?
 
始業時間から間もない同時刻。
一階の受付では、優子が秘書課との内線を終えたところだった。

「今本さん。私、応接室まで案内しますね」
「うん。こっちは大丈夫。お願いします」
 
隣の今本に告げると、優子は目の前に立つふたりの客人に、ニコリと笑顔を向ける。

「Bitte mir zu folgen.(ご案内します)」
 
やや緊張した声でドイツ語を口にした優子は、エレベーターホールを手で指した。
 
先導する優子の後ろを歩くのは、男女のふたり。
ふたりとも髪はブロンド、そして肌の白い美形なドイツ人だ。
 
敦志よりも背が高く、モデルのように手足が長い男と、小さな顔に睫毛の長い大きな瞳をした女が、なにやら会話をしている。
 
優子は、エレベーターを待っている間に、もう一度、チラリとふたりを見る。
見たところ、男は三十歳前後というところで、女は二十代で間違いないだろう。
 
日常会話程度はわかるとはいえ、流暢に言葉のラリーを続けられると、さすがにブランクもあるため、ついていけない。
それでも、なんとなくわかったことは、男の名前が『ヴォルフ』で、女の名前が『ドリス』ということだ。
 
十五階に到着すると、エレベーターの扉を押さえ、降りるように促す。
最後に降りた優子は、外国人を案内することよりも、最上階である十五階に初めて足を踏み入れることに緊張していた。
 
受付に立つ優子は、社内の部署や部屋を把握してなければならない立場だが、入社してまだ数か月。
まだ完全には、社内を覚えてはいない。
一応、案内する前に、応接室の場所は略図で見てきているが、不安は拭いきれずにいた。
 
若干歩調が遅くなりながらも、優子はどうにか間違えることなく、応接室へとたどり着く。
敦志に負けぬくらい普段から姿勢のいい優子だが、さらに背筋をピンと伸ばし、応接室のドアを叩いた。

「受付の鬼崎です。お客様をお連れ致しました」
 
聞きやすい落ち着いた声色で言うと、カチャリとドアノブが回り、扉が開いた。
優子が少々驚いて一歩下がると、扉の隙間からは女性社員の姿が見える。

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