ナイショの恋人は副社長!?
「そんなふうに……心配していただける程のことじゃないんです。単に、昔の記憶が蘇っただけだと思いますから」
「昔の?」
「小さい頃には、よくあることです。ほら、私の苗字って『鬼崎』だから。男の子には特にからかわれたんですよ」
 
優子は敦志を見ることをせず、自分の手に視線を落としながら笑って言った。
 
大人になった今ならば、〝それくらい〟と笑い飛ばせることだったかもしれない。
 
名前というものはどうにも抗えないもので、それをネタにされてしまうのは、優子がどう頑張っても意味のないことだった。
 
小さな時は、今よりももっと大人しい物静かな子どもで、そんなことでからかわれるだけで泣いていた。
小学校に上がっても、時折同じ内容で虐められる。

「『鬼』なのに『優しい子』なわけないって言われたりして。単に面白がって言っていただけだったんでしょうけどね」

十歳になった優子が、暗い顔をしていると、父親が手を差し伸べた。
 
その手を取り、優子は強くなろうと決心し、泣くことはそれ以降なくなった。
だが、継続されて、ことあるごとに揶揄された事実が五年以上ともなると、苦い思いが心の奥に刺さって残ってしまっていた。

「この歳にもなって、引き摺っているなんて。笑い事ですね」
 
自嘲気味に笑う優子は、やはり完全に忘れることは出来ていない。
この話題になってから、一度も顔を上げない優子に気がついている敦志は、真面目な声で言った。

「わかりました」
 
敦志の言葉はどういう意味なのか、優子にはわからない。
それゆえ、不意に顔を上げてしまった優子の目に、手を広げてメガネを押さえる敦志の姿が映った。

敦志は、メガネに手を添えたまま、こう続ける。

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