ナイショの恋人は副社長!?
「い……いえ」
 
動揺した答え方をしてしまったのは、敦志のその熱を帯びた視線にあてられたからだ。
けれど、やはり敦志は勘違いをしたままだった。

「本当に? 副社長(オレ)の前だから言えないのではなく?」
 
念を押すように敦志が問い質すと、優子はさらに目を大きくする。

「……嘘はつかないで」
 
敦志のどこか懇願するような言い方と、ほんの少し揺らいだ目に、優子は正面から向き合い、ハッキリと口にした。

「いいえ。誓えます」
 
そのいつもと同じ凛とした振る舞いに、今度は敦志が目を見開く。
 
未だに優子の真剣な眼差しを向けられている敦志は、安堵したように目を一度伏せた。
そして、再びその黒曜石のような瞳を露わにすると、優子は敦志の凛々しい表情に目を奪われる。
 
気づけば、背中に回されていた敦志の片方の手が、優子の髪を掬い上げた。
 
黒く艶のある優子の髪を、するりと手の中から滑らせる。
パラッと落ちた髪の毛が、夜の風に緩やかに攫われる。
 
優子は擽ったい感覚と共に、身体の芯から熱くさせられた。

「では、彼からあなたを守っても、問題はないですね?」
 
目を僅かに細めた敦志が口にしたことに、優子はさらに体温を上昇させられる。

(いったい、これはどういうこと?)
 
見上げた先の敦志を見つめ続ける優子の心情は、決して舞い上がるものだけでななかった。
むしろ、不安と疑念が募るばかり。

(だって、今日、彼女がいるって聞いたばかりなのに――)
 
優子の思考は、今日の定時後、十五階で聞いてしまった内容に引き戻されていた。
 
純一との会話はハッキリと聞こえた。敦志には、特別な女性が存在するのだと。
 
それらを総合すると、今、目の前で自分に熱い眼差しを向け、手を触れて言った言葉はどういう経緯からきたものなのか、優子には見当もつかない。
 
上司としての責任だと、今まで何度か思ってきたことはある。
けれど、今回もそれというには、あまりに距離が近すぎる。
 
まさか、この敦志が複数の女性を口説くだなんて想像も出来ないし、信じたくない。
 
優子はその揺らいだ瞳に、ただ敦志を映し出すしかできずにいた。


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