ナイショの恋人は副社長!?
「……何もなかった?」
 
敦志の声は、優しいだけではなく、本当に心配をしてくれていると感じた。
優子は申し訳なく思いつつ、そんな敦志に胸をときめかせてしまう。

「は、はい」
「よかった……」
 
未だに敦志の腕の中にいる優子は、赤面する顔を敦志の胸で隠すように俯いて答える。
それを聞いた敦志は、心底ホッとした様子で、抱きしめている手をふっと緩めた。
 
敦志の腕の中で、ドキドキと胸が高鳴るのを感じる。

(どうしてこんなことになってるの……?)
 
この時の優子の頭の中は、ヴォルフのことではなく完全に敦志のことだけになっていた。
しかし、手を緩めたとはいえ、まだ優子を離さない敦志は、優子が無言でいる理由が自分だとは思いもしていなかった。
 
少しの間の後、敦志は難しい顔で、優子を腕に閉じ込めたままぽつりと言う。

「……ひとつだけ、確認させてほしい」
「え……?」
 
顔は見えずとも、その真剣な声に、優子は戸惑い小さく返す。
 
怒りを感じるものではないが、その声はどうもいつもの敦志とは違う雰囲気だ。
それを優子もなんとなく察したため、余計に緊張してしまう。
 
この状態で、そんな固い声色で問われることとはなんなのか。
 
優子は混乱しながらも、頭をフル回転させて予想を立てようと試みるが、やはり心当たりがない。
先程の動悸が、今度はヒヤリとした心境からのものに変わった、その時。

「優子さんは、ヴォルフ氏が好きですか?」
 
敦志の口をついて出た質問に、優子は目を剥いた。
さすがに驚きすぎて、至近距離だということも構わずに顔を上げる。
 
優子が見上げた先には、自分を真っ直ぐと見つめ、見下ろす敦志の真剣な顔。
 
黒く、そしてどこか熱を感じる敦志の瞳から、優子は目を背けられずに見つめ返す。
そして、掠れた声で、どうにかひと言絞り出した。

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