紳士な婚約者の育てかた
そのなな

未だに不機嫌な知冬とともにお家に戻ってきた志真。
何か別の話題をしようとお茶を用意して飲みましょうと彼を呼んだ。

「地中海料理美味しかったなぁ。今度パエリア作ってみようかな。
でも、知冬さん全然食べてなかったですよね。もしかしてあんまり好きじゃない?」
「志真が美味しそうに3回もおかわりをしているのを見ていたら満足しました」
「さ、3回じゃないもん。2回だもんっ」
「またたべに行きましょう、今度はもっと専門的な店へ行ってもいい」
「はい」

バイキングだったのに結局彼は1回で終わらせてしまった。
朝はもともと食べてなかったようだし、食自体が細い知冬。
コッテリしたものも好まない。
それでも志真が用意したものは残さずに全部食べてくれる。

婚約者としては、彼の食生活のサポートがしたい。
なので最近はヘルシーレシピを研究中。
これならこっちもダイエット出来て一石二鳥。

「母親が何時戻ってくるのかとしつこく聞いてきました」
「気になりますよね、やっぱり。本業は画家さんですし」

母親としてはフランスにさっさと戻って画家としてのキャリアを積ませたいはず。
もう知冬は日本に居る理由は無いわけで、後は講師としての任期終了を待つだけ。
いや、別に待たなくても本当はいいのかもしれない。

「志真を連れてさっさと戻れと」
「……」
「適当に理由をつけてまだ時間はかかると伝えておきました」
「…すみません」
「君に婚約を迫ったのは俺ですから、君から笑顔で返事をもらうまでは待ちます」
「無理に返事した訳じゃないです。私だって知冬さんとずっと一緒に居たい。
でも、やっぱりいきなりすぐにフランスに行けるほどフットワーク軽くなくて」

仕事を辞めるとか、友達にもう暫く会えなくなるとか親戚にどう言おうとか。
独立したかった癖に両親にも会えなくなると思ったら急に不安になったり。
愛情だけで突っ走れないのは根が臆病だからか、それとももう若くはないから?

「いいですよ。その間俺は口説き続ける」
「…知冬さん」
「口説いているのに君が余所見をする場合、俺はそいつと戦うべき?」
「貴方の手は芸術のためにあるんです」
「なら志真も俺を見ていて」
「見てます」

今だってちゃんとじっと見つめてます。怒りっぽいけど大好きな婚約者さんを。

「志真。俺の膝に座って」
「座るだけ?」
「そう。座るだけ」
「……じゃあ」

湯のみを机に置いて立ち上がり彼の膝にちょこんと座る。
向かい合うのは恥ずかしいから彼にセを預ける形で。
距離が近くて、彼の匂いと温もりとはっきりと感じ取って。
志真が何も言わなくてもぎゅっと抱きしめられた。

「少し安心した」
「こんなに近いのに少しだけ?」
「君の心までは抱きしめられないのが悔しい」
「……知冬さん」

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