紳士な婚約者の育てかた
そのきゅー

どうしよう額から嫌な汗がじわじわと出てくる。
彼のためにもっと元気よくモリモリと食べたいのに手が動かない。
そんな多くない調味料を使って何をどうしたらこんな不思議な味が
出来上がるんだろう?

「志真?もしかして美味しく」
「は、初めてにしては美味しいですっ」
「そう?」
「はい!…さ、…さすが知冬さん…っ」

もう一口食べて水で押し流す。

「そう。良かった。不味くないなら」

そう言って知冬も一口。

「知冬さん…」
「……」

ピタッと手が止まった。やっぱり不味いと思ったんだ。
ああ、どうやってフォローしよう。
初めてなんだからちょっと失敗したって別になんてことないですよ、とか。
私だって最初の頃はよく焦がしたりしましたし、とか?

「…あの」
「少し味がうすいですかね」
「えっあ。…そ、…うん。…私はちょうどいいかな」

あれ知冬さんからしたら美味しいんだこれ。

私の味覚が悪かったのかな。

「そう。なら、いいです」
「でもどうして急に料理をしようと思ったんですか?そんなお腹すいてました?」
「ナンドが君を不安にさせていないかと思って」
「え?なんど?」
「フェルナンド。俺が昔から何もしないって君に言っていたから」
「ああ。でも、それは別にいいんですよ?」

怠けている訳じゃなくてそういう家庭環境で育ったお坊ちゃまだと思えば。
画家として頑張って欲しいし、家事は手伝ってくれるから不満はない。

「……言われないと気づかない事もありますから」
「はい」
「会話は結婚して共に生活していく上で特に大事なことですし」
「はい」
「俺も少しは君のためにと」

あれ、私のことを気遣ってくれてるの?そんな不満を言ったことはないけど。

優しいこと言ってる。いや、彼は根は優しい人だけど。

「……紳士だ」
「え?」
「いえ。…がんばりましょ」

自分から何をした覚えはないが彼が紳士的なことを言ってくれている。
これって新野先生が言ってた「彼を育てる」ってことなんだろうか。

優しい、紳士な理想の旦那さま。

「おかわりする?」
「……あ。あの。もう大丈夫です」
「何時ももっと食べるのに」
「感動で胸がいっぱいで」
「そう」

でも料理は今後も自分がやろう。


「知冬さん。怪我してない?目大丈夫?見せて」
「志真、そんな母親みたいなことをしないで」
「だって心配で」
「どうせならキスをしてほしい、ほら。ご褒美というもので」
「……ご褒美」
「駄目ですか」
「駄目じゃない」

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