紳士な婚約者の育てかた

席につくなりグテっとして俯いてしまった。
まさかこんなにもホラーが苦手とは。
本人は断固として否定しているけれど。


「知冬さん、ほらコーヒー来ましたよ」
「……、…君はよく平気ですね」
「私も最初はそんな得意じゃなかったんですけどね」

志真の前にはいちごのショートケーキ。ちょっと甘いものが食べたくなって。
それがまた信じられないという顔の知冬。

「……」
「同級生ですっごく好きな人が居て。安くなるからって何時も駆りだされて。
ホラーばっかり観せられてるうちに自分でも観るようになっちゃってて」
「……」
「次は気をつけるから。ね。いちご食べます?」
「Non」

ケーキと紅茶で満足して、元気の無い知冬と街へ繰り出す。
映画をみようという目的は達成されてしまったので
後は特に何も考えてはないのだが。

知冬さんはもう横になって休みたそうだな。

家に帰ろうか。でも、それなら夕飯の買い物をして行きたい。

先に帰ってて、なんて言ったら怒りそうだしなあ。

ちらりと隣の顔色の良くない彼を見上げる。

「ねえ、知冬さん。フェルさんのお家ってこの辺じゃないですか?」
「何故そんな事を聞くんですか?」
「もし暇だったら知冬さんをフェルさんのお家に預けて私は買い物をしたいなって」
「……俺は子どもですか?」
「え?」
「そんなお荷物扱いはやめてほしいですね」
「辛そうだったから」
「そう。辛いです。とても。どうしようもなく、たまらなく」
「そ、そんなに」

ごめんなさい。最新映画でテンションあがりまくりだった私が悪いです。

だからそんな怖い顔で見つめてこないで。

「……その上君には荷物扱いを受けるなんて」
「そんな事は思ってません。…知冬さんが心配で」

無理をさせて倒れたら知冬さんの家族が皆して押し寄せそうで。
原因が私だと知ったら激怒されそうで。それは事実だし仕方ないけど、
婚約を破棄されたら嫌だ。不安になるくせにそこは嫌だ。

「ナンドの家は少し遠いですが、どうしても行けというなら」
「行かないで。…一緒に居てください」
「……」
「う。そ、その期待する眼差し。……じゃ、じゃあ。何処か休める場所」
「そう。休みたい」

あれ、さりげなく肩を抱かれたぞ?

「だから何処かお店に」
「もうお腹はいっぱいですから」
「そ、そうなんだ。じゃあ……ちょ、ちょっと!何処へ!何処へ行くの!?」

本通りからはそれたのはわかっていたが人混みを避けたのだとばかり。
でもこれは違う。明確な意図があってルート変更している。

目の前には一見してソレとは思えないような、けれど怪しい看板のあやしい建物。

「ショートステイ2900円。よしこれだ」
「ち、ちが。よくない!よくないよ!」

何この強引な流れ。

つ、つれこまれる!?

「休みたい」
「……こ、公園なら無料ですよ!何もこんな場所で」
「公園のベンチで寝ろというのか。…そうか、わかった。じゃあ」
「こ、こうなったのは私のせいですしね。わかりました。ゆっくり寝てください。
だけどソウイウコトは」
「部屋の選び方は何処に書いているのか…ああ、タッチパネルで操作して」
「…きいて?」
< 58 / 102 >

この作品をシェア

pagetop