紳士な婚約者の育てかた

お父さん、お母さんごめんなさい。

おばさんもごめんなさい。

志真は結婚する前にこんなハレンチな建物に来てしまいました。

知冬さんはベッドで横になっています。

違いますまだ何もしてないです、大丈夫ですそこは。

まだ。

そこだけは。


「志真」
「は、はい」
「君も休みませんか」
「そ、そうですね」

と言っても普通のホテルと変わりない構造。
ソファがあってテーブルがあってテレビがあって、ベッドがあって。
トイレもお風呂もあるけれどそこへ向かう気はない。

ソファに座って軽いため息。

高校生の頃、よくクラスメイトの女子が彼氏と行ったとか
あそこは良かったとか悪かったとか横で聞いていたっけ。
自分には関係ないと思っていたけれど。

まさかこんな不意打ちで来ることになるとは。

「……」
「知冬さん、調子はどう?まだつらい?」

無言で居るのも悪いかと声をかけてみる。
こうなったのはまず志真がホラー映画を観せたせいだ。

「なんとか」
「せっかくの休みなのに、ごめんなさい」
「いえ。…いいですよ。君が俺を置いて外へ出ていないならなんでも」
「……」
「俺は少しでも長く志真と居たい」

そう、だ。

私達に残された時間はわずか。

何勝手に悲観的になってるんだろう、もうそんなことすらできなくなるのに。
志真は立ち上がり知冬の寝ているベッドへ近づく。そのそばに座って。
彼の手をぎゅっと握りしめる。

「私も居たい」
「……良かった」
「知冬さんの秘書ってどんな人?」
「何故そんな事を知りたいんですか」
「だって。…美人って聞いて」

女よけって聞いて。気にならない恋人が居ますか?
きっと知冬さんと並んだら美男美女で釣り合いが取れているんだろうな。
志真はモジモジとして、頭のなかではそんな妄想が消えてくれないでいる。

「アンヌですか?彼女のフェイスブックでも見れば分かりますよ」
「そ、そんな投げやりな」
「せっかく貸しきった二人きりの時間を他人の会話で潰すなんて勿体無い」
「…そ、それも。そうかな」

じゃあ、どんな話をしようかな。
考えていると知冬が起き上がり、志真を抱き寄せる。

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