紳士な婚約者の育てかた
そのじゅうさん

抱きしめられた胸の中。志真は抵抗せず身を任せる。
貸しきった空間がホテルでそれもベッドの上じゃなかったら
もう少し冷静に話が出来たかもしれないのに。


「少し、俺の話をしてもいいですか」
「どうぞ。どうぞ。聞きたい。あなたの話」

何を語ってくれるの?何を教えてくれるの?
貴方からの言葉は少なくて、不安になるから。
言ってくれるなら私は幾らでも聞いているから。

「今まで人といて楽しいと思った事なんて一度も無かった。
勝手に寄ってきて世話をするならいいかと適当に合わせてただけで。
それで相手が見放して居なくなってもすぐ別の新しい奴が来る」
「……」
「見捨てずに側に居たのはナンドだけだった。アイツはちょっと頭がおかしい」
「そ、それは言いすぎです」

それって大事な親友だと思ってくれてるって意味じゃないのかな。
ただ面倒見の良い人ってだけじゃないと思う。知冬の何処にそんな友人として
共感できるものがあったのか、
それはフェルナンドのみぞ知る心境だとは思うけれど。

「人なんて居てもいなくてもたいして変わらない」
「知冬さん」
「連中が欲しいのは金持ちな画家の知り合いという肩書」
「……そんな」

ことは、ないと、思いたいけれど。

上辺だけの付き合いは志真の世界にもはびこっている。

「理解を求める気もない。言い訳を垂れ流す気もない。それで嫌気が差す奴は
さっさと消えたらいい、お互いにその程度の人間だということですから」
「……」

明るくて元気でユーモアのある皆の人気者であるテオ先生のキャラからは
想像もつかない本音。周囲が勝手に持ち上げる天才画家、神の贈り物、
だけど、そんなものは彼にはどうだっていい。
ただ絵を描いていたいだけ。実にシンプル。

あとは悲しいくらい空っぽの心。

「でも志真はそばに居て欲しい」
「私?」

私はその他の他人と何が違うの?

「そう、君」
「私なんて何も」

何もあなたのために出来てないよ?

「俺を知冬と呼んでくれた」
「そ、それは。呼びやすいなって思っただけで」
「そこも好き」
「他は?」
「よく俺を怒る所」
「他は?」
「俺を甘やかす所」
「矛盾してません?」
「矛盾のない人間なんて居ますか」
「…哲学は無理です」

難しいことは分からない。でも、彼が自分を特別に見ているのは分かる。
与えられるのが当たりまで自分から欲しがることの無かった彼が。
今、志真を欲しがってくれている。

「どうしたら志真を最後まで口説けるのかな」
「最後って?」
「どうしたら俺だけの志真になってくれる?」
「……き、聞かれても」
「口説いても君はなびかない。頑なだ。…こうしている間に距離が出来てしまう」
「……」
「これはきっと、求める事が下手な俺がダメなんだろうな」

珍しく知冬は苦笑というものをした。

自虐、というものだろうか。

それくらい参っているらしい。



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