紳士な婚約者の育てかた

「どうしたの山田さん。そんな思いつめた顔しちゃって」
「…新野先生、先生には私。話します」
「え?ええ。なに?何を?どうしたの?」

もっとちゃんと相談に乗って欲しいから、きちんと全て話そうと決めた。

1人で抱えるのも辛くなってしまって。

覚悟を決めた顔でお昼休み、保健室へ向かった志真。
新野もその何時もと違う志真の様子にお化粧の直しは後回しにした。

「私、知冬さんとフランスへ行こうと思ってるんです」
「……」
「フランス語も英語もまだまださっぱりだけど。妻として出来ることをしたいなって」
「……」
「お義父さんも助けてくれるっていうし。お義母さんも知冬さんを大事にしていれば
何も言ってこないっていってたし、なんとかできるかなって!」
「……」
「でも、その。最後の決断を出す勇気が持てなくて。仕事を辞めないといけないし。
何より海外なんです。すぐに帰れないし、…期待と同じくらい、不安もあって」
「…あの。ね?山田さん」
「新野先生に是非相談に乗ってほしくって!」

お願いします!と深く頭を下げる志真。


「話がぜんっぜんわからないんですけど。まず、誰?知冬って。
前言ってた彼氏?外国人だと思ってたけど日本人だったの?でフランス?
どっから来たのそのフランスは。貴方は結婚するの?なんなの?ノロケなの?」
「あっそっか。私、テオドール先生と婚約してます」
「……ておどーる?」
「はい」

暫しの沈黙後。

何故か真顔で近づいてきた新野先生は志真のおでこに手を当てる。

「熱はなし、か」
「え?私別に何処も悪く無いですけど」
「自覚がなくても風邪で意識が朦朧とすることだって」
「……。あの。妄想を言ってるんじゃないです、本当ですから」

本当にテオ先生とは婚約をしてて、愛し合っていて。
10分ほど一生懸命説明して少しは信じる気になってくれた様子。
でも勘違いとか気のせいとか夢だとか、あまり本格的には信じてなさげ。

「だってあのテオ先生でしょう?あの。あの」
「わかってます。…じゃ、じゃあ!証明するから待っててください」

確かに学校のアイドル先生の地味で目立たない事が売りの事務員じゃ釣り合わないか。
一緒に居ることもないし、話をしている所も見せてないし、話題にも出したことがない。

ということで。志真は保健室の窓を開けて。

「知冬さん…気づいて」

廊下をスケッチブックを持って歩いていた彼に手を振る。

すぐに気づいて、ちょっと驚いた顔をしたが

「志真」

嬉しそうに微笑んで手を振り返してくれた。
近づいて話をしたそうだったけれど、その後ろにはぞろぞろと生徒。
何処へ行くのも何をするのも注目を浴びてしまうから大変だ。

「…マジなの?」
「マジです」

それでやっと信じたみたい。
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