紳士な婚約者の育てかた
そのじゅろく

寝る準備を整えて布団に入るけれど、やはりすぐには目を閉じられなくて。
志真は何度か寝返りをうったが結局起きて1階へおりる。

「……志真?」

水を飲むわけでもなく夜食を漁るわけでもなく、ただ寝ている知冬を見つめて
いたら視線に気づいたようでモゾモゾと体を動かし細目でこっちを見かえしてきた。
何をするわけでもなくただじっと枕元に座って見つめている志真。

彼からしたらそれはかなり怪しい光景だったと思う。

「知冬さん。…暫くここで見てていい?」
「……、嫌です」
「嫌でも見てる」
「……」

実に迷惑そうに、不愉快そうに布団で顔を隠して眠る知冬。

「……隣で寝ていい?」
「どうぞ」

だが志真がそう言って近づいたら布団を広げて迎えてくれた。



「志真。ごめんね、忙しくなかった?」
「大丈夫」
「面会も出来るみたい。まだ話は出来ないと思うけど」

翌日のお昼に母親から連絡がはいり、おばさんが意識を取り戻したと知らされた。
お昼休みを利用して少しの間だけでも様子を見に行こうと上司に報告し、
急がなくてもいいよと言ってもらって、病院へ。
母と合流し足早に病室へと入る。

「これでよかった。…んだよね?無理させてないよね?」
「たぶん。ね。おばさんも志真の結婚式を見るまでは死ねないって言ってたから」
「うん」

たくさんの機械に囲まれて眠るおばさんは以前よりもずっと痩せてしまった。
元から細い人ではあったけれど、まるで違う人のよう。
だけどよかったんだ。これで。この調子で元気になってくれたら。
そしたら私は知冬さんと一緒にフランスへ行って、結婚式もして。

「……志真、もし知冬君とフランスへ行く気ならお母さんは止めないからね」
「えっ」

何でバレてる?

「彼からもう週末には帰るって聞いた。それで、志真を連れて行きたいって」
「……」
「志真がその気なら私は何も言わないって返事をしたわ」
「…お母さん」
「彼の家はフランスだもの。志真が知冬君を選んだ時点で覚悟はしてた。
ただ、いきなり居なくなっちゃったらちょっと……ううん、かなり寂しいけど」
「……」
「でも、貴方の人生だものね。貴方が選んで生きなさい」

これは私の人生。選択は、自分でする。

誰かに言われたことをするんじゃなくて、全部自分で。
それが以前の私が望んでいた「自由」だったはずなのに。
親の監視下にない世界へ行くことだったのに。

今は誰かの言葉に頼りたいなんて都合が良すぎる。

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