紳士な婚約者の育てかた
「…最後の夜に相応しい事をしないと」
「それは何ですか?」
「何でしょう。えと。その。……うーん」
「そう言って悩んでもう1時間は経過していますね」
「知冬さんも一緒に考えて」
3人で夕飯を食べて休憩をはさんでからフェルナンドを追い出す。
もう少し一緒に居たいとか別れを惜しみたいとかそれらしいことを言っていたが。
知冬いわく、彼は何時でも各国を飛び回っているので会おうと思えばすぐ会えると。
それで静かになった部屋でふたりで見つめ合っても特に何も言えないし出来なくて。
だからっていきなり布団に潜り込むのも何か違う気がするので。
またこうして、彼の顔を見つめている。
「俺もわかりません」
「……」
「セックスをすると何だかもったいなく感じる。せっかく志真と話が出来る最後の夜なのに」
「知冬さん」
「ずっと君の体が欲しかったのに。何度も欲しくなると思ったのに、今はそれよりも違う繋がりが
欲しいと思ってしまう。離れても大丈夫なように、それを頼りに君が来てくれるのを待てるように」
「絶対行くから。知冬さんと婚約したのは知冬さんの……奥さんになりたいからだし」
「志真」
「……変な感じ。…最初は…こんなことになる予定じゃなかったんだけどな」
おばさんの遺産とこの家が欲しくて嘘で婚約者になってもらっただけなのに。
それが本気になって、付き合うことになって、まさかの婚約。
ふたりの口約束じゃなくてちゃんと両親の前で結納もかわしているのだから。
「今日は銭湯に行きましょうか」
「あ。いいですね。そうしましょう」
「分かっているとは思いますが」
「番台には注意します」
知冬さんと日本で過ごす、恐らくは最後の夜。
銭湯に行ってフルーツオレを飲んで手を繋いで話をしながら家に戻る。
明日の夜にはそれがもう出来ないんだ。永遠じゃないしにても。
「痛い」
「もっと強く付けたいんです我慢して」
「い、いや。まって。待って志真」
「待たない。知冬さんの背中に私のあとを目一杯残してやるんです」
「そんな全力で背中に爪を立てるのはただの暴力では?」
「だって。あ。わかった。じゃあ。私の背中にも」
「嫌です」
一緒の布団に入って抱き合って大人しく寝ていたのだが、何を思ったのか志真は
起き上がり知冬の背中をガリガリとひっかき始める。
知冬はすぐに起き上がり志真と少し距離を置いた。
「……」
「分かりました。フランスへ戻ったら背中にタトゥーでもいれておきます」
「一生消えない感じのはダメ!後なんか教育にも悪そう!」
「……、…志真。……大丈夫、俺は待てる。ちゃんと君を待ってる」
「知冬さん」
「もちろん君が来てくれる前提で」
「はい」
「寝よう。明日は仕事が立て込んでいる。お別れ会もあるそうだから」
「…先生も大変です」
「まったく」
改めて抱きしめ合って布団に戻る。焦っても仕方ない。その時は来る。
無理に自分好みの紳士になんてする必要はないんだ。
彼はもう、私の理想の紳士な婚約者さんだから。