紳士な婚約者の育てかた

朝から学校はどことなく活気がなかった。
女子が怖いくらい大人しくなっているからだろうか?
職員室では校長の後にテオ先生のお別れの挨拶。

短い間だったけれど、すっかりこの学校の講師として馴染んでいたから。

先生の間でも惜しむ人は多くて。引き止める人も居たくらいで。

でも、それくらいではやっぱり覆らないんだよね。


「寂しくなるな」
「うん」
「追いかけていくのはやめたんだ」
「今はね」

ワラワラとテオ先生の周囲には人が集まっていて泣く子も居た。
だけど、学校では自分はただの事務員で地味に日陰の身なので。
志真はひとり席についてぼんやりとしてしまう。
そんな彼女に声をかけるのはやはり西田先生。彼は興味が無いから。

「どうせすぐ戻ってくるんだろ、フランスなんて。英語も出来ないのに」
「う。…大丈夫。勉強してるから。なんとかなるよ」
「だといいけど」
「意地悪言うタイミングが悪すぎませんか?」
「元気づけてやってるだけ。今にも泣きそうな顔してたからさ」
「…それは仕方ない」

だって、大事な婚約者なんだもん。離れちゃうんだもん。
でも笑顔で見送れるようにしないといけないから、まだ我慢してる。
結局仕事が終わっても暫くは開放してもらえずにテオ先生は最後まで大人気だった。

本人は「人の予定を踏みにじる行為だ」と怒ってたけど。

それは、今日だけは仕方ないと思います。



「お義父さんやお義母さんには連絡は」
「しました。母は先にフランスへ戻っているので空港で待っているそうです」
「なるほど」
「父親とは特に会う必要もないので話をして終わりました」
「うわあ」
「何かあったら何でも頼ってください、快く応じてくれると思いますから」

タクシーにて空港へ向かう途中の車内。やっぱりまだ自覚はない、
たぶん相手もまだない。
だけど空港が見えてくるとちょっとずつ意識し始めるから嫌になる。

「……」
「志真。何か言ってくれないと、寂しいです」
「……あと10分しかないのにどうしよう。何を言えばいいのか」

建物の中に入って手続きをして、後は彼が去っていくのを見ているだけ。

「永遠に離れる訳じゃない」
「そんなの嫌。…知冬さんっ」

我慢できなくて彼の胸に抱きついた時にはもう泣いてた。

「……志真」
「……」
「……、…可愛い俺の志真。…出来るだけ早く、来てください。
じゃないと俺も寂しいから。さらいに来るかもしれない」
「…待ってて。知冬さん。私、絶対、行くから。今よりももっと自分を鍛えるから」
「待ってます。…愛してる。志真」
「私も愛してます。…知冬さん」

場所も気にせずに思うままに長いキスをして彼を見送る。
いつまでもいつまでも、ずっと。見つめていた。


「まるで映画のようなシーンだったわねぇ」
「こんな場所でハレンチだと言いたいところだが仕方ない」
「お。おかあさん!?おとうさん!?」

ひょっこり顔を出す両親。何時からそこに?何でここが?どうして?

「貴方が寂しい思いをすると思って。慰めようと」
「……、…おかあさぁん」
「はいはい。そんな泣かないの。これは失恋じゃないんだから」
「わかってるけど……ううううううううぁあああああああああああああんっ」
「はいはい。帰りましょうね。貴方の好きなもの何でも作るから。ね」

失った訳じゃない、ちょっとの間だけ離れているだけ。それだけ。
だけどお母さんの顔をみたら急に涙が止まらなくなってきて。
抱きしめてもらってちょっとだけ落ち着いた。

「知冬君が居なくてもほら、お父さんがいるだろう!な!」
「お父さんなんか居たってしょうがないでしょうが」
「……そ、そうか。すまん」
「ったくもーほら。車!」
「はい」

寂しい。けど、我慢しなきゃ。

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