気まぐれイケメン上司に振り回されてます!
「どうしたの」

景さんの声色がいつもより低く感じたから、少し呼吸が荒いままわたしは彼の顔を見ることなくゆっくりとうつむいた。
すると、そばで軽くため息をつかれた。

峯川さんに声を荒げていたわたしに呆れているのかな。
こんなところで、今日会ったばかりの峯川さんと言い争うなんて、冷静になるとなにをやっているんだろうと思う。

大人げない。でも、どうしても許せなかったの。

「春ちゃん」

「……はい」

「会社とか仕事がどうのって聞こえたけれど。なにがあったの」

「なんでもないです」

苛立った理由を言うのは、悪口を言うみたいで嫌だった。
今のわたしには、峯川さんのことを悪く言うことしかできない。

「……ああ、そう。なんでもないなら、礼香さんが怒るようなことはしないでほしい」

叱るような景さんの言葉が、わたしの胸に勢いよく突き刺さった。

どこまで峯川さんを気遣うの。
わたしが一方的に悪いって思ってるの?

「……すみませんでした」

今まで景さんのアシスタントをして、御守りなんて言われるくらい仕事でそばにいて、なのにわたしのことはひとつも気遣ってくれないんだ。

わたしなんてただの仕事仲間っていう意識だろうけど、その中にも少しくらいわたしのことを考えてくれる気持ちがあってほしかった。

「春ちゃん、あのな――」

「もう、いいです。本当に、わたしが突っかかったのが悪かったんで。すみません、席に戻りましょう」

わたしは景さんの言葉を聞かず、背を向けて歩き出した。

仕事仲間で一番近くにいたって、わたしの存在はこんなものなのだ。

特別になれるとは思っていないよ。だけど景さんのことが好きだから、胸が痛くて仕方ない。
鼻の奥がツンとして、じわりと涙が浮かんできたけれど必死で我慢した。
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