密星-mitsuboshi-
薄暗い部屋にバスルームの灯りがもれていた
白い湯船の中に注がれているお湯のせいか
バスルームの中は湯気で曇っている
湯船の中で後ろから早紀を抱くように身体を沈めた渡瀬は
早紀の耳にそっと唇で触れた

「昨日のこと、聞かないのか?」

「昨日のこと?
 …あぁ
 別の人から聞いたから」

「別の人?林田?」

「ううん、今日お昼にたまたまランチが
 同じお店になったファイナンスの女性
 社員が昨日の飲み会の話してた」

「そうか。
 なんて聞いた?」

「渡瀬課長が途中で部屋を出て行って
 残念だったって」

「あぁ…」

「何かあったの?」

早紀は首だけ渡瀬の方に振り返り、その瞳の中を探るように見た

「…何もないよ。
 近くの公園でタバコ吸ってただけ」

「お客さんがいるのに抜け出すなんて」

「お前のことを考えてた」

「え?」

渡瀬はそう言うと目の前にある早紀の唇を喰んだ

「公園でタバコ吸いながら
 お前は今何してるのかなって」

「…連絡してくれたらよかったのに
 思ってただけじゃわからない」

早紀は拗ねたようにプイっと前に向き直った

「そうだな。
 急に出てきたからスマホ置きっぱ
 なしで持ってなかったことに
 公園で気づいた
 あとで探しにきた林田が持ってきたから」

「急に出てきたって…やっぱり何か」

渡瀬の言葉に早紀はまた身体ごと渡瀬の方を向いた

「少し飲みすぎて気分が悪くなって
 出ただけだよ。大丈夫」

心配そうな早紀の頬に軽く触れると微笑んだ


「それよりお前、
 朝なんで三木と話してた?」

「あー…実は昨日美加さんと遊んでたら
 システム部の先輩から飲み会に誘われて
 行ってみたらそこに三木さんがいたの。
 それで一緒に飲むことになっちゃって
 そのことで朝声かけられただけ」

「飲み会?女性の中に三木?」

「三木さんは、誘ってくれた先輩の同期で
 仲良しなんだって。
 他にも何人かいて、部内の飲み会に
 参加したって感じだった」

「ふーん
 楽しかった?」

「うん、ずっと話してみたいと思ってた
 人がいたし
 仲良くなれてよかったかな。
 あ、女性ね。」

「そうか。楽しかったなら良かった。
 お前が一人で過ごしてたらって
 気になってたから」
 
渡瀬はニコリと笑った早紀の頭を軽く撫でた

早紀は話に出たついでと、ずっと言わなければと思っていたことを切り出した

「…あの、それでね、
 なんってゆうか…
 飲むことになっちゃって。
 三木さんと」

「は?三木?!」

渡瀬は思いっきり眉間にしわを寄せた

「いつ」

「…水曜日」

「一応聞くけど、三木と2人?」

「…2人」

「お前な…」

「ごめんなさい!
 あの笑顔でごり押しされたら
 断れなくなって」

「…三木…」

渡瀬は湯船から上がり、勢いよくシャワーを出すとそのまま頭からかぶった
早紀の顔に飛んできたしぶきは冷たかった

(冷たっ…水?!)

早紀は慌てて湯船から上がり、蛇口を止めた

「ちょっと!水かぶるなんて!」

渡瀬は湯船の縁に力なく腰をかけた

「…大丈夫?」

早紀は渡瀬の前に膝をつき、その顔を覗き込んだ

「大丈夫、頭冷やしただけだから」

「…頭冷やすって、どうして」

「…俺今嫉妬でダサい顔してるだろ」

「そんなこと…」

「相手が誰でも関係ない
 お前が俺以外の男と2人でいるなんて
 想像しただけで腹がたつ
 …だけど今の俺には止める権利がない 」

「渡瀬さん…」

渡瀬の寂しそうな顔に、早紀は思わず冷たい身体を抱きしめた

「約束してくれないか」
 
「約束?」

「三木と会う日、
 どんなに遅くても日付けが変わる前に
 家についてくれ」

渡瀬の瞳が一瞬揺れた

「…わかった」

「本当は待ち合わせしたいくらいだけど
 水曜は外せないミーティングが入ってて
 そのあと多分飲み会になるから遅くな
 りそうで難しい。
 三木と飲んでて終電でもなくなったら…
 心配で仕方ない」

「わかった。
 そうするから心配しないで」

渡瀬は早紀の身体のぬくもりを感じながら強く抱きしめた
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