プリテンダー
あまりに熱心に誘うからちょっと申し訳なくなったので、お茶をするくらいの時間ならあると言って、一度だけカフェに行った。

カウンター席に並んで座り、最初はコーヒーを飲みながら普通に話していたのに、気が付けばいつの間にか渡部さんは至近距離にいて、目で僕に何かを訴えかけた。

ちょうどその時、前に美玖が一緒にホテルから出てきたのとは違う男と腕を組んで歩いているのを、カフェの窓から偶然見掛けた。

渡部さんは何も言わずに僕の手を握って、潤んだ目で僕の目をじっと覗き込んだ。

…誘ってるんだ。

女豹みたいな目をして。

美玖に裏切られた事に同情するふりをして、あわよくば僕を手に入れようとしている。

だけど僕はたとえ遊びでも、安易にそれに乗っかるわけにはいかない。

誰に見られても疑われないように、渡部さんの手をそっと離して、ただの同僚という態度を崩さないようにした。

あまり遅くなると食事の支度に差し支えるし、また杏さんに怪しまれるといけないので、適当な時間を見計らってもう帰ろうと言うと、渡部さんは急いで帰ろうとする僕を怪訝な顔で引き留めた。


詮索されると面倒だから、これからはお茶をするのもやめておこう。




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