プリテンダー
その夜遅くに帰宅した杏さんは、夕飯を食べ終わるとお茶を一口飲んで静かに口を開いた。

「明日から私の弁当は作らなくていい。」

「えっ…。」

どうして急にそんな事を言うんだろう?

僕の料理に飽きたんだろうか?

「どうしてですか。」

「家に帰ってもずっと一緒なのに、会社でまで私が一緒だと鴫野にとっては何かと都合が悪いだろう。」

どういう意味だ?

杏さんが一緒だと都合が悪いなんて。

「…なんですか、それ。」

「今日みたいに彼女がおまえに会いに来た時、私がいると都合が悪いだろうと言っている。」

あ…渡部さんの事か…。

「鴫野は好き好んで私と一緒にいるわけじゃない。それなのに別の女とも会うなと言うのは酷だからな。」

「でも…。」

「もちろん会社でおかしな事をしていいとは言っていないぞ?」

…杏さんの知らないところで、杏さんには言えないような事をしている僕は、何も言えない。

「あの子はおまえの事が好きなんだろう?良かったじゃないか。」

何も言っていないのに、杏さんは渡部さんの気持ちに気付いているみたいだ。

「おまえたちが堂々と付き合えるように、お祖父様とは早く決着をつけるつもりだ。それまでもう少しだけ、外で会うのは我慢してくれ。」

僕は渡部さんと付き合いたいなんて思ってないのに。


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