プリテンダー
杏さんは、僕が好き好んで杏さんと一緒にいるわけじゃないって言ったけど、それは杏さんだって同じだ。

杏さんだって、好きでもない部下の僕と一緒に暮らすなんて、本当はイヤに決まってる。

お祖父様の目をごまかすためだけに僕と一緒にいるんだって、杏さんはそう言いたいのかな。


最初はとんでもない事になったと思ってた。

だけど最近は、僕の作った料理を杏さんに食べてもらえる事や、会社では見る事のない杏さんの表情を見られる事が嬉しいと思う。

僕なりに杏さんと一緒に暮らす事に意味を感じてたのにな。

なんか、虚しい。

「杏さんがそう言うなら、昼休みは別々に過ごしましょう。でも弁当は杏さんの分も作りますから、ちゃんと食べてください。」

「…わかった。」

杏さんは静かに席を立って、自分の部屋に戻った。


食器を洗いながら、僕はため息をついた。

当たり前か。

最初からそういう話だったじゃないか。

僕だって早く自由になって、新しい恋人が欲しいと思っていた。

杏さんは超エリート上司で、大企業の令嬢で。

どちらにしても僕なんかとは住む世界が違う。

杏さんと僕の距離がこれ以上近付く事なんて、あるわけがない。

深く考えるのは、もうよそう。

その日がくれば何もかもが元通りになるだけ。

きっとお互いに、何事もなかったように離れていくだけなんだから。



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