リナリア
「あんまりミスして撮影時間押しても困るしね。私が頑張って済むことなら頑張るし、いいもの作ることには努力を惜しまないよ、こう見えて。」
「そう見えています。だからお芝居をしているときは綺麗でかっこいい。それが終わると、可愛い。それが彩羽さんの魅力だと思うので、それが伝わるようにパンフレット用の写真も、今後載せることになるであろうオフショットも撮影しています。」
「…ふふ、そっか。ありがとね。」

 名桜の真っ直ぐな言葉が、自分に言われた言葉ではなくても心地よくて、知春は一度だけ目を瞑った。

「それにしてもさ、ちーちゃんって全然ミスんないよね。可愛げなーい。」
「…時間押しても困るってさっき言ってませんでしたか?」
「言ったけどー!」

 ぷうっと頬を膨らませる彩羽は、先程まで切なげな表情を浮かべていた人とは思えない。彩羽のキャラクターの性質上、笑ったり怒ったりする描写が少ない分、彩羽は丁寧で静かな変化を表現しながらキャラクター性を生み出している。その一方で、どちらかと言えば静かなタイプである知春の方がクラスの人気者でムードメーカー。誰にでも優しいのはあまり本人と差がないが、恋心を自覚してもやもやする時期を越えたら比較的積極的になっていくタイプでもある。

(知春さんもいつか、また恋をしたら積極的になる…のかな。大和みたいに。)

 二人の演技を様々な角度から見させてもらうと、つくづく役者という仕事はすごいものなのだということがわかった。頭では何となく理解しているつもりだったが、それはただのつもりでしかなく、実際に何度も『入り込む瞬間』に立ち会うと、『誰もが成功する世界ではない』ということを理解させられた。
 こうやって二人と話していると感じないが、カメラの向こう側に立つと、二人は『杏』と『大和』だった。普通に恋をして、想いを告げたり、告げられたりして、すれ違ったり、手を繋ぐことができたりする。知春の練習に付き合って行った動作もあったが、そうじゃないものも知春はスムーズにこなしていた。こなしていたというと言い方が悪いかもしれないが、それこそ見えるのだ。『本当に恋をしている』みたいに。

(それでもこれはお芝居なんだから…すごい。私だったら、気持ちの境界線が曖昧になっちゃうよ…。)

「あ、ちーちゃん。次の撮影だって。じゃあなっちゃん、またあとでね!」
「はいっ!」

 名桜は深く頭を下げる。この後は知春と彩羽の二人のシーンの撮影が続く。中での撮影で狭いため、名桜は現場には入らない。カメラを携えたまま、名桜は少しずつ風の冷たくなってきた外へと繰り出した。
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