リナリア
はじまりの場所で
* * *

「うわ、知春がちゃんといる。」
「うわってどういうこと?今日はさすがに出なさいっていう事務所の配慮っていうか…俺も出たかったし。」
「そっか。とりあえず来てくれてよかった。ちょっとさ、話したいことあるんだけど、いい?」
「うん。」

 マスクをつけ、普段はかけない眼鏡をかけ、地味に登校した。幸い特に周囲にバレてしまうことなく教室にたどり着き、全てを外したところだった。荷物を置き、教室の外へ出る。すると今度は好奇の目が知春を刺した。自分のクラスメートたちがいかに気を遣って普通でいてくれているのかが、こういう時にわかる。教室にいるときにはうっかり忘れそうになるが、教室を出ると突然自分は『芸能人』になる。

「って悪い。でも教室だとちょっと話しにくくてさー。」
「ああいや、全然。つい忘れちゃうんだよね、みんなが普通にしてくれるから。」
「まーうちのクラスの奴らはな。でもお前はれっきとした芸能人だ!」

 拓実がいつもみたいに笑いながらそう言った。拓実にそう言われてしまうと、知春の方も少し脱力した。

「ところでどこまで行くの?」
「ん-と、屋上の下の階段まで。」
「…え、何の話?」
「びびんなって。筋通すってだけだから。」
「筋を通す…?」

 人気のない、屋上の下。そこまでたどり着くと、拓実はまっすぐに知春に向き直った。

「卒業しても、普通に知春とは友達でいるつもりだし、あと俺のやりたいことがゆくゆく知春に繋がると思うから言う。」
「な…何…?」

 何を言われるのか想像がつかなくて、知春の心拍数が変に上がる。この後、これ以上緊張することをしなくてはならないのに、心臓に悪い。

「…俺、椋花に告白した。」
「え…えっ!?いつの間にそんなことに…!?」
「あ、やっぱわかってなかったよなぁ。文化祭の後くらいからずっと忙しそうだったし、あんま喋るときもなかったし。」
「いやでもそれ別に、LINEとかで連絡してくれても…。」
「忙しいやつの手を止めてまで聞いてもらうような内容かなって思って。あ、隠し通すつもりがあったわけじゃねーからな、念のため。普通に話す気でいた。ただ、今日が返事貰える日だから、先に知春に言っておこうと思って。」
「待って待って。混乱してる今。…順を追って話してよ。いつ告白したの?」
「後夜祭の日。」

 後夜祭と言えば、知春が名桜と屋上で過ごしていたあの日だ。一つはっきりとまた名桜への気持ちを自覚したあの日。同じ日に拓実が告白していたとは驚きだ。そして、9月から3月まで半年近く告白の答えを待っていたことも。
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