リナリア
「…すっごい前じゃん…。」
「そうなんだよなー。意外とあっさり、『拓実はナシ!』って言われずにずっと保留なわけ。おかげさまで俺は高校生活の最後まで彼女はいなかったわけですけど。」

 不貞腐れたような言いぶりだが、拓実はそもそも顔は整っていてモテるのだから選ばなければ彼女なんて途切れずいたようなタイプだ。しかし好きでもない子と付き合いたいほど、『彼女』という存在が欲しかったわけではないのだろう。それは今の知春にも痛いほどわかる。誰でもいいわけじゃないのだ。その人でなければ。

「…たくが椋花にとって即答で『ナシ』なわけないでしょ。それは椋花のことを舐めすぎじゃない?」
「…そーみたい。なんか、好意を向けられる自分を想定してないって顔してた。んで、なかったことにされかけて、なかったことにしないぞーって圧かけて、今日。」
「圧かけたの?」
「…なかったことになんて、できなくない?」

 少し前の自分だったら、共感をもった理解はできなかったかもしれない。でも今は、深く頷いてしまう。

「…うん。なかったことにできないし、なかったことには…したくないよね。」
「ってことは知春も、なんか進展あった?名桜ちゃんと。」
「…相変わらず鋭いね。」
「知春が好きになるなら、あの子しかいないでしょ、どう考えたって。」

 拓実の言葉が妙にまっすぐ、迷いなく響いた。自分はいつからそんなにわかりやすい人間になったのだろうか。だとしたら、演技をする者として致命的なのではないだろうか。そんなことを考えてしまう。

「…わかり、やすかったかな…?」
「いや、そんなことはないけど。夏までは確実に、ちゃんと芸能人とカメラマンっていう線の上にいたと思う。…ん-でも実際のところはなんか、ずっと不思議だった。ビジネス上で上手く関わってるって言うには距離が近いし、でも下心…とまでは言わねーけど、そういうのだけがあるようにも、そういうのがきっかけで距離を縮めたようにも見えなかったっつーか。ただ、尊敬はあったよな、互いの仕事に対する。立場の違いも、ちゃんとわかって位置取りをしてる。特に名桜ちゃんはその気配が強かった。」
「…うん。そうだね。だから…多分、俺はさっきの俺以上に驚かせるんだと思う、名桜のことを。」
「…違いないな。でも意外と、驚く顔も可愛いから得した気分にはなるって。」
「うわーそんな風にあっけらかんと考えられる気がしない…。」

 話してしまってすっきりした顔をした拓実が、バンバンと知春の背を叩いた。
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