リナリア
顔さえ見られない
* * *
「…はぁ…はぁ…。」
まっすぐ洗面台に向かい、冷たい水で顔を洗う。水に触れると涙もそのまま溶かせそうな気がして気が緩んだ。そのまま落ちていく涙を止めることはせずに、顔を洗い続ける。何度か洗っても頬の熱が下がることはなく、じっと鏡を見つめるとすぐに涙は溜まっていく。何のための涙なのかはわからないが、明日は仕事だ。腫れた目では行けない。
事務所に向かう知春の背を見送って、そのまま帰路についた。正直、どんな顔をして見送ったのかもわからない。ただ、泣かないようにと思った強い気持ちだけで、知春の前で涙を零すことはせずに済んだように思う。
(…嫌いじゃないし…関わりたくないなんて思わない。…でも、どうしたらいいのかわからない。)
どうしたら自信をもって並び立つことができるのだろうと、そんなことを考えていた。立場の違いはある。だからこそ、写真の世界で力をつけたかったし、知春の話もずっと聞いていきたかった。知春がそんな思考で、どんな世界を見て、それをどのように表現するのか見たくて、知りたくて。その気持ちは今もなおある。
名桜は両頬を叩いた。水の冷たさも相まってヒリヒリと痛い。
(…知春さんの『好き』って気持ちに対する答えを出せない私は…今までみたいな立ち位置で話をしてもいいの…かな。)
知春はそれでもいいと言っていた。だが名桜は、それはあまりにも自分にとって都合の良すぎる話だとも思う。返事は急がないし、くれなくれもいいとさえ言っていた。しかし、それは不誠実にも思える。ただ、不誠実な状態をすぐ終わらせることができるほど、名桜の心も頭も冷静さを取り戻してはいなかった。
(…映画の中なら…ううん、漫画の中なら胸をときめかせて楽しく見ていられるのに。)
告白も、返事をすることも全てがトントン拍子で進んでいく。当たり前に抱きしめて、手を握って、笑顔が交わされる。そんなことは現実ではあり得ない。本当のヒロインは、告白されて取り乱すこともなくきっと可愛く、『私も好きです』と言える。名桜には到底無理な芸当だった。そもそも知春は『本当のヒーロー』だろうが、自分はせいぜいクラスのモブ止まりだ。『本当のヒロイン』でもないのに『本当のヒーロー』からの告白に綺麗に返そうだなんて無理な話なのだ。今は、知春が言っていた言葉を飲み込もうとするのに精一杯で、本当は記憶の底に一度沈めて少し落ち着きたいのに、知春の声も手を握ったときの表情も、見てしまったものは全て思い出せるのだから全く落ち着けそうになかった。
「…明日、知春さんの撮影なのに…どうしよう。」
「…はぁ…はぁ…。」
まっすぐ洗面台に向かい、冷たい水で顔を洗う。水に触れると涙もそのまま溶かせそうな気がして気が緩んだ。そのまま落ちていく涙を止めることはせずに、顔を洗い続ける。何度か洗っても頬の熱が下がることはなく、じっと鏡を見つめるとすぐに涙は溜まっていく。何のための涙なのかはわからないが、明日は仕事だ。腫れた目では行けない。
事務所に向かう知春の背を見送って、そのまま帰路についた。正直、どんな顔をして見送ったのかもわからない。ただ、泣かないようにと思った強い気持ちだけで、知春の前で涙を零すことはせずに済んだように思う。
(…嫌いじゃないし…関わりたくないなんて思わない。…でも、どうしたらいいのかわからない。)
どうしたら自信をもって並び立つことができるのだろうと、そんなことを考えていた。立場の違いはある。だからこそ、写真の世界で力をつけたかったし、知春の話もずっと聞いていきたかった。知春がそんな思考で、どんな世界を見て、それをどのように表現するのか見たくて、知りたくて。その気持ちは今もなおある。
名桜は両頬を叩いた。水の冷たさも相まってヒリヒリと痛い。
(…知春さんの『好き』って気持ちに対する答えを出せない私は…今までみたいな立ち位置で話をしてもいいの…かな。)
知春はそれでもいいと言っていた。だが名桜は、それはあまりにも自分にとって都合の良すぎる話だとも思う。返事は急がないし、くれなくれもいいとさえ言っていた。しかし、それは不誠実にも思える。ただ、不誠実な状態をすぐ終わらせることができるほど、名桜の心も頭も冷静さを取り戻してはいなかった。
(…映画の中なら…ううん、漫画の中なら胸をときめかせて楽しく見ていられるのに。)
告白も、返事をすることも全てがトントン拍子で進んでいく。当たり前に抱きしめて、手を握って、笑顔が交わされる。そんなことは現実ではあり得ない。本当のヒロインは、告白されて取り乱すこともなくきっと可愛く、『私も好きです』と言える。名桜には到底無理な芸当だった。そもそも知春は『本当のヒーロー』だろうが、自分はせいぜいクラスのモブ止まりだ。『本当のヒロイン』でもないのに『本当のヒーロー』からの告白に綺麗に返そうだなんて無理な話なのだ。今は、知春が言っていた言葉を飲み込もうとするのに精一杯で、本当は記憶の底に一度沈めて少し落ち着きたいのに、知春の声も手を握ったときの表情も、見てしまったものは全て思い出せるのだから全く落ち着けそうになかった。
「…明日、知春さんの撮影なのに…どうしよう。」