リナリア
それが恋だから
* * *

「名桜は風呂行って。あ、お湯ためた方がいい?」
「…大丈夫です。」
「着替えは適当に俺のやつ用意する。下着、大丈夫?」
「多分だめですね。」
「じゃあ乾燥機かけていいよ。風呂場に洗濯機あるから、そこ入れて。使い方わかるよね?」
「多分…?」
「名桜が完全に入ったの確認してからバスタオルと着替え置いておくから。」
「…はい。」

 必要なもの以外はない、シンプルなマンションの一室だった。紺色のソファにどかっと腰掛けた知春は、鞄から台本を取り出した。

「寒かったらお湯ためていいし、ゆっくりして。」

 知春がこんな近所に住んでいたことにも驚いた。歩いて10分もかからない位置だ。

(…ますます何やってんだろう、私。)

 服を脱ぎ、下着は近くにあったネットに入れて乾燥機にかける。服は水を吸い過ぎて重い。ひとまず洗面台に置かせてもらうことにする。まずはこの冷えた身体を温めなければ確実に風邪をひく。
 シャワーを頭から思いきり浴びた。目がひりひりして痛い。鏡を見ると、早速ちゃんと赤くなっていた。身体はとても正直だった。

(…この顔で、知春さんの目の前に立つの、嫌だな。)

 かといって誰もいない部屋に帰るのも嫌だった。このまま一人でいたら間違いなく、明日の仕事はできない。(明日学校がないのは不幸中の幸い)

(…顔を上げないで話すのも難しいし、知春さんならどうしたのって言いそうだし。)

 どうしたのと問われても、上手く説明できる気がしない。ぐるぐる、もやもやと動き続ける思考をぐっと抑えるためにも、少し温度を上げてシャワーを浴びることにした。
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