人魚になんて、なれない
2nd Day side海音
七月終わりの木曜日。美術室。現在の時刻、午前八時。


今日も早く起きてしまった海音は、朝からキャンバスに向かって筆を走らせている。


あたりに漂うのはテレピン油の匂い。


独特の匂いだが、今となってはこれがなければ落ち着かない。


ちゃぽん、ちゃぽん、ちゃぽん。


開け放った窓からは、ぬるい風と、規則的な水音。


いやがおうにも、夏を感じさせる。


海音は筆を置いて立ち上がり、大きく伸びをした。


ごきごきと背骨が鳴る。


窓に近づき下を見ると、昨日飛び込んだプールが見える。


そのプールの真ん中を、気持ちよさそうに一人の女生徒が泳いでいた。


菊池波音。


昨日、海音が勘違いして助けた少女。


素人目にも分かる、綺麗なフォーム。


さすが水泳部。泳ぐ姿は人魚のようだ。


……人魚なんて見たことないけどな。海音はひとり笑う。
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