モテ系同期と偽装恋愛!?
ドキドキと鼓動が速度を上げていく。
気になるのは、私がつけてしまった彼の心の傷。
甘口の顔にいつもの笑みを浮かべて、大きなストライドで歩く彼は、見たところ元気そうで変わった様子はない。
彼が席に着くと、当たり前のように人が集まってきて、始業10分前の事業部内は急に華やいだ。
取り巻きの中で笑顔を見せる横山くんをホッとして見ていたら、彼が視線をゆっくりと横に振り、こっちを向きそうな気配がした。
目が合うことを恐れる私は、咄嗟に身を屈めてしまう。
後輩男子の机には、私の机よりも乱雑にファイルや書類が積み上げられているので、その陰に隠れて心臓を忙しなく動かしていた。
すると「え……」と、戸惑う声がすぐ真横から聞こえたが、それを気にする余裕はない。
なに隠れてるのよ、私……。
横山くんは元気そうだった。それを確認できたのだから、後は普通にしていればいいだけなのに……。
「紗姫さん……いい香りですね……」
耳もとでそんな声がして、生温かい息がうなじを掠める。
それでやっと、自ら後輩男子に危険距離まで接近していたことにハッと気がついた。
慌てて飛び退いたら、彼や周囲の他の社員を驚かせてしまう。
「キャッ! ご、ごめんなさ……」
「え、紗姫さん……?」
慌てるあまり、つい素の表情で謝りかけてしまい、今度はそのことに焦り出す。
急いで澄まし顔を作って、咳払いをし、クールに言い直した。
「なによ、その目は。ちょっと、よろけただけじゃない。とにかく、今教えた通りにやっておいて。分かったわね」
目を瞬かせている後輩男子に背を向け、自分の席に着席し、心の中で大きく息を吐き出した。
これまで横山くんに絡まれるたびに仮面を外されそうな気がしていたが、直接的には何もされていないのに、ボロを出しそうになるなんて……気を付けないと……。