手に入れる女

しばらくの間放心状態が続いた。
ふいに手元のケータイが鳴った。美智子からのテキストだった。

  今日も遅くなる?

その言葉にはっと我に返って佐藤は慌てて職場にる。
仕事が待っている。

ーー今夜も長い一日になりそうだ……
もうすぐ9時だというのに、佐藤の職場は相変わらずざわざわとしていた。

数日前に起きた、マレーシア沖を震源地とする地震で、佐藤の会社のベトナムの工場が壊滅的な被害を受けた。
工場は数日経った現在でも、いつ再稼働できるかのメドも立っていない。
当然、部品の調達が滞り始めており、下請けに無理をお願いしたり、他の工場に生産を振り分けたり、対応に大わらわであった。

部品調達全体の統括を行っている佐藤は、次から次へと起きる突発的事態に対応するため、地震が起きて以来、ろくに寝る間もなく会社に泊まり込んで働いていた。刻一刻と状況が変わる現地と密にやり取りしながら、その時点その時点での最善策を講じて関係各所に指示を出す。合間には上と会議を開いて善後策を協議する。

ここ二日ばかり、家にも帰らずほとんど寝ていなかったのでふらふらだったが、さっき優香に会ってから心身が軽やかだ。
もう一踏ん張りだ、と気合いを入れていたら、佐藤のケータイにメッセージが入った。
優香からだ。

目を通しながら知らず知らず口もとが緩む。

タイトル:チーズケーキはいかが
本文:まだお仕事忙しいですか?
   先ほどは大変失礼いたしました。
   お疲れのようでしたら、差し入れしたいんですけど、   
   コーヒーショップまでいらっしゃれませんか?

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