手に入れる女
「自信ねーとか言ってるとそのままずるずるとやっちゃうことになるんじゃないの?」
山下が呆れたように言うと、佐藤が情けない声を出した。
「そうなんだよな……結局チーズケーキももらっちゃったし……」
「何? チーズケーキ? その話聞いてないぞ」
佐藤は、しまった、という顔をしたがとき既に遅し。
山下は佐藤をじっくりと問いただした。佐藤が耳元で経緯を話すと、山下は素っ頓狂な声をあげた。
「キス!?」
周りがざわついて、二人を見る。
「しーっ。声が大きい」
山下は頭を抱えた。
「コーヒーショップの入り口でチュー!? 大胆だなァ」
「だから不可抗力だよ。いきなりだからしょうがなかったの」
「これは……やっぱり、そのまましょうがねーでやっちゃうんじゃねーの?」
「まさか。さかりのついたネコかよ」
「だって、チューしてデートで食事だろ」
「チューチュー言うな。おまえはネズミか。あれはそんなんじゃない」
「じゃ、何だよ」
「油断してたら唇を奪われたんだ。盗られたの。やられたの。強盗みたいなもんなの。事故なの」
「じゃ、どうだったのよ。チューされて」
「……」
「顔がにやけてるよ」
佐藤は目の前のビールを一気に飲み干した。
鮮明に蘇ってくる。
優香の柔らかな唇の感触。湿った舌が佐藤の口の中に入った時の驚き。かすかにコーヒーのほろ苦い香りが広がる。
そして、
あのとき、舌を絡めたのは佐藤の方だった……
逃げようとする優香の舌を捉えようとしたのだ。
「着々と情事への道を進んでるじゃないか。食事して酒飲んでチェックメイトだろ?」
「いや、だから困ってるんだよ」
思い出すうちに心臓がドキドキしてきた。
カラダが反応しそうで怖い。
「断れ。断固として断れ。カミさん泣かすな」
山本の言うことは正しい。
しかし、結局チーズケーキをもらい、買い物にも一緒に行くハメになってしまった自分にうまく食事を避けることができる自信などなかった。あの強引さで押し切られたら……
山下は怒ったようにビールをぐびぐび飲む。
佐藤は、カウンターに向ってビールを注文している山下を横目で見ながら、自分もビールをあおった。
もう少し飲めば、山下にもホンネが言えるかもしれない。
本当は………
「わかってるよ。だからこうして相談してるんじゃないか。あー困った」
佐藤の言い草に山下は真顔になった。
「困ってねーだろ。会いたくてやりたいのを後押ししてもらいたいだけだろ」
「……」
「オレは断った方がいいと言ったからな。後は、オマエ自身が自分で決断することだよ」