手に入れる女

山下の進言にも関わらず、佐藤は結局優香に言われるままに約束をして会うことにした。

やっぱりこの期に及んで断るのは、どう言ったところでわざとらしくなってしまう言い訳しか出てきそうもなかったし、優香はそれを見逃しはしないだろうということは佐藤にもよく理解できていた。

それに、まだ理性の方が勝っているだろうと思える今なら、食事ぐらいなら大丈夫だろう、というどこか高を括ったような気持ちもあった。一度食事をしてそれっきりにすればいい。

今なら偶然会った時に、コーヒーをともにするだけの仲に戻れるはずだった。

「どこに行きますか?」
「どこでもいいですよ」

「じゃ、とんかつはいかがですか?」

佐藤が何の気なしに提案をした。

ーーよっぽどとんかつが食べたいのね。この前も奥さんとそんなことはなしてたよね。

優香は、佐藤と美智子に初めて会った時のことを思い出す。

「あ、奥様に断られていたじゃないですか」

ーーなんで知ってるんだ? 

佐藤はしょっぱなからヒヤリとさせられる。

「……立ち聞きはよくないですよ、小泉さん」

露骨に面白くなさそうな顔をしたからであろう。優香はおかしそうにクスクスと笑った。

「大声でしゃべるからですよ」

佐藤は優香の返事をスルーして続けた。

「で、とんかつでいいですか?」
「奥様とはどこに行かれたんですか?」

妬いてるのか、張り合ってるのか。
あからさまに面白くない顔で不機嫌になる優香が……可愛いかった。

……
…………

可愛い、と感じてどきりとする。
少し意地悪なことを言って優香をからかいたくなった。

「からみますねぇ。やきもちですか」

優香はむすっとした顔になる。

「当たり前じゃないですか。私はようやく初めて食事ができるんですから、イヤでも意識しますよ」
「あなたは、本当に意地っ張りで面倒くさい人ですね」

言葉とは裏腹に、佐藤は優しげに微笑んでいた。
優香は、やきもちでさえ、堂々と隠すことがない。

「おまけにしつこいですからね、私は」

むっとして答える優香に佐藤はクスクス笑いが止まらなかった。

「知ってます。で、とんかつでいいですか。これで3回目なんですけど、回答頂けないでしょうか?」
「太るからお刺身とか焼き魚の方がいいんじゃないですか?」

どうしても張り合いたいらしい優香の答えがたまらなかった。

「わかりました。妻と行った店に行きましょう」

ようやく佐藤が折れた。
優香は他の場所では絶対納得しないであろう。

「楽しみです」

優香は勝ち誇ったような笑顔を見せた。
その顔を見てるだけでどうしようもないくらい心臓が暴れ始めるーー心臓は佐藤の意志などはまるで無視だ。

正直、佐藤は優香の顔を見てるだけで脈が速くなる。
ちょっとした仕草やはっとしたような表情を見せるたびにどきんと心臓が波打ち、実際ここのところ佐藤はドキドキしっぱなしである。

それでも……まだ大丈夫だ、と思っていた、いや、思っていたかった。
抱きしめたい衝動は何とか抑えていられるのだから。




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