手に入れる女

もしも、それで本当に優香の気が済むなら、むしろ優香の口から言って欲しいぐらいだった。
全てがすっきり精算できるのであれば……それでも構わないと佐藤は思った。

もともと優香のことを隠す気持ちはなかった。
なんというか……優香へ気持ちが傾いたことまでなかったことにしたくなかった。

佐藤は美智子を愛しているはずだったし、だから優香にたいする感情の高ぶりは一時的なもので、
二人の関係がこれっきりになるのだとしても、
確かに、優香への気持ちがあったのだということまで否定したくなかった。

……というより、佐藤ははっきりと憶えておきたかった。
夢のようなあの夜のことを、
現実味のない一夜だったからこそ、欲望や情熱のままに彼女と交わることができたあの夜のことを、
せめて、自分の記憶の中にはとどめておきたかった……。

佐藤は、何をどうしたいのかわからなくなってきた。

もうずいぶんと長い間こんな風に誰かに惹かれたことなどなかった。
いや、心がゆすぶられて自分で自分を抑えきれないような経験などもしかすると初めてなのではないか……。

今まで美智子との愛情にあふれた穏やかな生活以上のものはないと確信していたのに。
それを犠牲にしてまで得たいものなどあるはずないと信じていたはずなのに。
こういうゴタゴタこそが、佐藤が最も避けたいと思っていたことのはずなのに。

その自分がこんなに簡単に、自分の信じていたことを裏切ってしまうなんて。

佐藤がそんなことを考えて無言でいると、優香がぼそりと佐藤に聞いた。

「あたしとは遊びだったってこと?」
「遊びだったら、もうちょっと続けるよ。君を見てるのはとても楽しいから」

本当に、楽しくコーヒーを共にする相手まで失くしてしまうのは残念なことだった。

「相変わらずうまい言い方。じゃ、遊びでもいいから付き合って。私、あなたと一緒にいたいの」

優香は痛々しいほどけなげで、けれども、トナカイのように赤くなった優香の鼻を見ていたら、すーっと気持ちが現場から離れて行く。
何だか映画のワンシーンでも眺めているかのように、一歩引いて自分を俯瞰している自分がいた。
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