手に入れる女
ーーいやだ。こんな顔になってしまうのはいやだ。
醜く呆然とした女の顔に美智子は自己嫌悪した。
ーーきれいさっぱり忘れよう。佐藤と優香を恨むのはやめよう。
自然に沸き上がってきた感情。
ただの強がりかもしれない。ただの綺麗ごとなだけかもしれない。
それでも……嘆いて、憎んで、恨んで毎日を過ごすのはやりきれない。
恨みを引きずって、楽しかった結婚生活の思い出まで穢したくない。
幸福だった日々はそのまま心の中に留めておきたい。あの時、佐藤も美智子も確かに幸福だったのだから。
佐藤は、何よりも美智子の朗らかさを愛していたはずだ。恨めしい顔をしながら一生を過ごすなんて美智子だってゴメンだ。
美智子の決意だった。
やっぱり、人生は笑いながら過ごした者が勝ちだと思う。
美智子は、突如ウィンドウに向って百面相を始めた。
笑い顔、泣き顔、怒った顔、拗ねた顔、嬉しい顔、悲しい顔、びっくりした顔、呆れた顔、くすぐったい顔、恨めしい顔、得意な顔、意地悪な顔、困った顔……
もしも、自分がどんな顔をして生きたいか選べるなら、美智子は優しい顔をしていたいと思う。楽しい顔をしていたいと思う。
美智子は最後に、極上の笑みをたたえた。
ーーまだ、大丈夫。私は笑える。きっと……納得して笑い話になる日がくる。
突然、ウィンドウの向こうに座っていた男が、ゆっくりと笑いながら親指をあげてきた。
グッジョブサインだ。
嬉しかった。
自分の精一杯の微笑みが誰かに肯定されたと思うと、何だかがんばって笑顔で生きるのも悪くないな、と思えたのだ。
男と目が合った。
急に、我に返って気恥ずかしくなった美智子は、くるりと向きをかえて歩き出した。
その拍子に、バッグからケータイがこぼれ落ちたが、美智子は気付かず歩き出していた。
ウィンドウの向こうに座っていた男が慌てて立ち上がる。
美智子のケータイを拾って追いかけて来た。
「あの」
男は息を切らしていた。
美智子がゆっくり振り向くと、男は美智子のケータイを差し出しながら言った。
「これ、あなたのケータイじゃありませんか。落としましたよ」
(完)
