その男、猛獣につき
「もしもし」
あんなに待ち望んだのに、急激に鼓動は速まっているのがわかるのに気持ちが持ち上がってこない。


「舞花、今日はごめんな。怒って」
 それでも、舞花と名前で呼ばれると、胸がキュンと音を立てて、息をするのが苦しい程に締め付けられる。

「大丈夫です。こちらこそ、すみませんでした」

「他のスタッフもいるから、怒らないといけないとは思ったんだが、やりすぎたというか…、悪かったな」

電話越しに伝わってくる先生の声が柔らかくて、安心する。なんだか鼻の奥がツンとして、涙が出てきたせいで、鼻を啜る。


「ん?舞花、もしかして泣いてる?」


「いえ、泣いてません」

私はウソが苦手みたいで、先生にはお見通しのようだ。

「泣いてるんでしょ?どうした?」

そんな優しい声で言わないで頂きたい。
そうやって言われたら、また私の涙腺がどうにかなってしまいそうだ。

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