その男、猛獣につき


「卒業まであと1年もないのにね……。こんな時期に。」
隣の席に座っていた薫が私に呟いた。私も最もだと頷く。


本当にそうだ。
残すところ8ヶ月を切った学生生活。

私達は、あと8週間の実習と、卒業研究、それから国家試験を終えると無事に卒業できる。


卒業研究は、グループで行うから今まで単位を落とした人はいないらしいし、国家試験の合格率も私の学校は、この数年100%、ちなみに就職率100%。

2週間後から始まる最後の8週間の実習さえクリアできたら、卒業できたも同然。

それなのに、辞めるってよっぽど大変な事情なのだろう。



「しかも、あの釜谷君がなんて……」
薫の言葉に私はもう一度、頷いた。


釜谷君は、クラスで成績もトップクラスだった。明るくて、リーダーシップがあって、みんなから慕われていた。


実習先も学生一人一人の成績や性格、というよりメンタルの強さ、なんかをある程度加味して決められる。


だから、釜谷くんの最初の実習先は、プロスポーツ選手が通院することで有名な県外の大きな整形外科だった。

毎年、その整形外科への実習生は、トップクラスの成績の持ち主で体力自慢だって決まってた。


毎年トップクラスの学生が実習に行くのに、実習成績は例年C判定。それなのに、釜谷くんはA判定をもらって来たものだから、私達は「神童」と囃し立てたっけ。


囃し立てたあの日から、まだ1ヶ月も経ってないのに……。


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