その男、猛獣につき

「永島病院は……、えっと」


バス停から徒歩3分と書かれた地図を片手に辺りを見渡すと、私の背後に 山間部の田舎に明らかに浮いて目立つ4階建ての建物がそびえている。


「これが、永島病院かぁ……」


よしっ!やるしかない。

私はそう小さく呟いて、気合いを入れ直す。
この1週間で、ずいぶん気持ちを切り替えることができた。


もうここまで来たら、逃げれない。

そう自分に言い聞かせながら、私はお姉ちゃんに借りた真っ赤なスーツケースをゴロゴロと引きながら病院に向かった。




★☆★



『はい、興梠です。』


3日前、電話越しに話した興梠先生の声は低くて色気がある。なのにその口調はあまりにもぶっきらぼうだった。

「来週から実習でお世話になります、有田と申します。今日は、確認のお電話を……」


『あぁ。』


本来なら、バイザーとの顔合わせの会が1ヶ月前にあったのに、急に決まったものだから、興梠先生と実習前の顔合わせすら出来ず、私はせめて持参品等の確認だけでもしようと永島病院に電話していた。




『持ってくるものは参考書とか、まぁ普通実習に必要なもの。あとは、やる気と根性。』


淡々と電話越しに聞こえてくる声に私はさっきまで、はい、はい、とメモを取りながら相づちをしていたのだけれど、興梠先生からその言葉が出た時には、さすがに

「はい。」


背筋が伸びて、必要以上に大きな声で返事をしてしまった。


冷徹の興梠……。
やる気と根性が必要な位に厳しいんだろう。
そう考えるとますます緊張感が増していく。




『後のことは、前日の午後3時に病院で。』

「はい‼よろしくお願いします。」



私は誰もいない壁に向かって、勢いよく深く頭を下げた。
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