不器用な愛を刻む
(……これを善が見て)
よく今まで黙っているなぁ─── と
喜一は不思議に思いながら
パッと2人に優しい笑みを向けて
挨拶をする。
「…そう。
じゃあ僕も仕事に戻るとするよ。
善によろしく言っておいて。」
「はい。お仕事頑張ってください。」
「ありがとう。椿ちゃんもね。」
───それじゃあ。
そう告げて
喜一は2人の前から立ち去る。
笑顔で彼女たちに
挨拶を済ませたものの
心の中では
色々とこの後の展開を想像して
苦笑いをしていた。
───こんな状況に
善が納得しているわけがない。
(…側から見たら、
あの2人は恋人のようだったしねぇ…。)
もともと町娘だったのもあり
普通の市民である
景次と椿の間に
変な違和感はほとんど無かった。
もちろん
善と椿もお似合いはお似合いでは
あるのだが───。
(…この姿を
善に見られなければいいんだけど。)
喜一はそんな風に思いながら
黒いコートを靡かせて
町の中へと
消えていった。