きみに触れられない
「そ、うなんだ」


言葉が出るまで、おそらく数秒。

だけどその時間がとても長く感じた。


綾芽ちゃんは、カナが好き。

綾芽ちゃんは、カナが好き。


そのことばかりが思考回路を埋め尽くして、正常に働かない。

回らない、思考が、言葉が。

何が口から飛び出すか分からなくて、怖くて、口を閉じた。


「あたしが言った後に聞くのもあれなんだけど…ミサってさ、もしかして塩谷君が好きだったりする?」


綾芽ちゃんは恐る恐る聞いてきた。

私は反射的に首を横に振った。


綾芽ちゃんは「良かった」と安心したような笑顔になった。


「もしミサが塩谷君のことが好きだったら、あたし、絶対敵わないと思ってたんだ。まあ、それでも正々堂々勝負するつもりだったけどね」

綾芽ちゃんは笑った。


私もつられて笑った。


口の端を上げて、目を細める。

いつもならきっとうまくいく、愛想笑い。

だけど今日は、うまく笑えているか、自信なんてなかった。


「ミサ、応援してくれる?」

綾芽ちゃんは目を伏せて私に尋ねる。

その姿はまさに恋する乙女だった。


「もちろん」


瞬間、花開くように綾芽ちゃんは笑った。

心からの笑顔だった。


「ありがとう」


嬉しいはずのその言葉は心に深く突き刺さった。
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