きみに触れられない
「この前テスト終わったばっかりだよね」
「学年1位は私たちと違うんだよ」
__違う、そんなことないのに。
そう思っても何も言い返すことはできない。
意気地なし。弱い自分が嫌になる。
ぎゅっとシャーペンを握る手に力が入る。
話したいのに、話せない。
今まで友達と遊んだり話したりすることがほとんどなかったから、何をどう話せばいいのか分からない。
溜め息を吐いた、その時だった。
「おはよう」
太陽みたいな声が聞こえた。
振り返らなくても分かる。
ずっと聞いてきた、今朝も聞いた声だから。
「おはよう、奏人」
「塩谷くん、おはよう!」
クラスのみんなはカナに明るく挨拶する。カナは一人ひとり目を見てにこやかに笑って挨拶を返す。
当然のように繰り広げられる光景が、私にはとても眩しく映る。
いつも近くにいてくれる存在が、急に遠い存在になったような感覚がする。
「サッカー部、今日も朝練かよ」
大変だな、と労うクラスメイトに、そんなこともない、とカナは笑顔で答える。
「大変だけど、それ以上に楽しいから」
後ろの入り口から入ってきたカナは自分の席__私の前の席に進む中で話しかける全員にひとつひとつ会話を返していく。
そして私の横を通りすぎるとき、私に微笑みかけた。
「…おはよう、米山(よねやま)さん」
私は少し視線を反らして、小さく答えた。
「…おはよう、塩谷くん」
名字で呼びあう、不思議な挨拶。
学校では名字で呼んでと言ったのも私だった。
春、カナと同じクラスになったと知ったときに頼み込んだ。
カナはすごく嫌だと言ったけど、説き伏せた。
いつもそうだ。
結局カナは私に甘い。
私が嫌がることは絶対にしない。
優しすぎるくらいに、優しいんだ。