僕が君の愛
2・香りと言う名の檻

 加織は何度目か分からない溜め息をこぼした。小さくも、カラフルな窓と烏のプレートが付いている戸に手をかけては離す。この動作も先程から何度繰り返しているのか分からない。通行人から向けられているであろう訝しげな視線を、加織は背中でヒシヒシと感じていた。実際、店内に入ろうとした女性の邪魔になり、気まずくなったのもつい先程のこと。
 一度大きく息を吸い、覚悟を決め、握っているドアノブに力を入れた。瞬間。

「加織さん?」

 不意に自身の名前を呼ばれ、香織の身体と心臓が大きく跳ねる。ドアノブにかけていた手を自分の左胸に置き、拍動を確かめる。動揺する気持ちを落ち着かせるための深呼吸をひとつ。一拍置いてから、声を掛けられた方へと顔を向けた。
 そこには。シガーバーの店員である鷹橋 明良《たかはし あきら》が食材の入った紙袋を片手に立っていた。

「なんだ……明良くん。びっくりした。こんばんは」
「あら、驚かせてしまいましたか。随分と。店のドアと格闘していたみたいですけど。入りますか?」

 いつから明良に見られていたのか……加織は、自身の顔へ血液が集まっているのが分かった。赤みを帯びてゆく頬を自身の両手で包む加織。その姿を眺めながら、明良は眸を細める。

 葉巻を主に取り扱うシガーバーは、男性客がメインだと思われがちだ。だが、女性客も決して少なくはない。特に肇がオーナーを勤めるこのシガーバーは、明良が主に手がけているカロリーを抑えた食事や、種類の豊富なカクテルも人気を呼ぶ一因になっていた。また、オーナーである肇のルックスや雰囲気に魅せられている客も多いだろうと明良は感じている。
 その数多くいる女性客の中でも、今、明良の目の前で頬を染める加織は目立つ存在である。
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