花盗人も罪になる
逸樹はシャワーを浴びてさっさとベッドに入った。

しかし紫恵のことばかりが頭に浮かんで、なかなか寝付けなかった。

もう少し紫恵の声が聞きたくて、逸樹はスマホを手に取った。

紫恵はまだ起きているだろうか?

ほんの少しためらったが、逸樹は再び紫恵に電話を掛けた。

呼び出し音が二度目で途切れた。

「ごめん、もう寝てた?」

「ううん、まだ起きてたよ。これから寝ようと思ってたとこ。どうしたの?」

いつも通りの紫恵の柔らかい声が逸樹の耳に流れ込んだ。

「しーちゃんの声、もう少し聞いてたかっただけ」

「いっくん、寂しいの?」

「うん……しーちゃんに会いたい」

「私もいっくんがいないと寂しい……。すごく会いたいよ」

紫恵が自分と同じように寂しいとか会いたいと思ってくれていることが、逸樹はたまらなく嬉しい。

「しーちゃん……俺のこと、好き?」

「ん……?急にどうしたの?」

少し照れくさそうな紫恵の声に、逸樹は胸をギュッとわし掴みにされたような甘い痛みを覚えた。

「すごく聞きたいんだ……。俺のこと、好き?」

「うん。いっくんが好き。大好き」

「俺もしーちゃんが大好き」

電話での若い恋人同士のようなやり取りが少し照れくさくて、二人とも少し笑った。

「しーちゃんが好きって言ってくれたから、これで安心して眠れそう」

「私も」

「じゃあ……おやすみ」

「おやすみなさい」

逸樹は電話を切って部屋の明かりを消した。

目を閉じると紫恵の笑顔が浮かぶ。


『いっくんが好き。大好き』


少し照れくさそうな紫恵の声が、何度も逸樹の耳の奥に響いた。

「俺もしーちゃんが大好きだよ……」

逸樹は小さく呟いて、心地よく眠りについた。




< 82 / 181 >

この作品をシェア

pagetop