花盗人も罪になる
「もう私のことは好きじゃないのかなとか……もしかしたら他に好きな人でもできたのかなとか……。何も言ってくれないからどうすることもできなくて」

逸樹は腕を組んで、何か考えているようだ。

香織は逸樹が返事に困っているのだと思い、愛想笑いを浮かべた。

「すみません、こんなつまらない話で」

「いや……つまらなくはないですよ。彼に何があったのかはわかりませんけど……僕だったら1年も離れて耐えられる自信はないです」

「……奥さんとですか?」

「はい。毎日一緒にいても、お互いに拭えない不安っていうのはあるんです」

逸樹はそう言って小さくため息をついた。

その様子を見て、もしかして悩みがあるのは逸樹の方なのではないかと香織は思う。

「村岡主任こそ何か悩みでもおありですか?」

図星をつかれた逸樹は、少しばつが悪そうな顔をした。

「悩みっていうほどでもないかもしれないんですけどね……」

「私で良ければ、聞くぐらいはできますよ?」

さっき自分が言った言葉をそっくりそのまま返された逸樹は、少し照れくさそうに苦笑いを浮かべた。

「僕の妻はね……僕がいつか離れていくんじゃないかと不安みたいです」

「結婚して毎日一緒にいてもですか?」

「僕たちには子供がいないから、余計にそう思うのかも知れません」

まだ若いのだから、この先子供を授かる可能性ならいくらでもあるはずなのに、なぜそれが不安なのか。

香織は首をかしげた。


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