憑代の柩
「静かにしてくださいっ」

 男は律儀にも私より抑えた声で言った。

「お前が踏んだんだろっ」

 昔は男前だったのかなと思う、少々残念な顔だった。

「なんだ、お前か」
と言った男に、

「すみません。
 記憶がないんです」
と言うと、そうか、めんどくさい奴だな、と言われる。

 記憶がないをめんどくさいで済まされたのは、さすがに初めてだ。

「眉墨だ。
 衛の叔父の」

「どうも、こんにちは。
 どっか具合が悪いんですか?」

「悪いから入院してるんだろうが」
 何処までも減らず口な男だ。

「そうでなくてですね。
 今、現在、調子が悪そうだなと思って。

 肩貸しましょうか?」

 何かコソコソしているように見える眉墨にそう言うと、機嫌は悪いものの、厭だとは言わなかった。

 よいしょとその巨体の腕を自分の肩に回す。

「おもっ」
ともらすと、

「いちいちやかましい小娘だ」
と言われた。

「やかましいのは叔父さんですよ」

「私はお前の叔父さんじゃない」

「叔父さんじゃなくてもオジさんでしょう? じゃあ、眉墨さん」
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