エリート上司と偽りの恋
「ではチークの案、次お願いします」

「はい」

スクリーンの横に立っている主任の言葉に返事をしたのは、私の一年後に入社した営業推進部の井上美紅(いのうえみく)さんだ。


肩より少し短いストレートの黒髪にキリッとした目が印象的な彼女は、営業推進部の中でも仕事熱心だと有名で、彼女が手掛けたデザインはすでに何度も販促品として採用されている。


「ひとつの小さなチークに可愛らしさと強さを表現したいと思いました」

そう言ってスクリーンにデザイン画が映し出される。

筒状のポンポンチーク本体は薄いピンク色で、横に黒の文字でロゴがあしらってある。キャップはシンプルに黒一色、上部には本体と同じ薄いピンクで薔薇が描かれている。


さすが井上さん、確かに可愛らしさと強さが融合されていて素敵だ。

「ありがとう、井上さん座ってください」


主任はこれまでプレゼンしてきた全てのデザイン四つをスクリーンに映し出した。

「さて、これを見てみなさんどうだろう。うちのチークの特性が活かされていて、買いたいと思えますか?正直、私にはこれがいいと胸を張って言える物はありません」

口調は穏やかだけど、全員を見渡す主任の目は決して穏やかではない。


「加藤さん」

「は、はい」

私が焦って返事をすると、主任が手招きをした。素早く立ち上がり主任のもとへ向かう私を、みんなが見ている。

手に持っていたメモ用紙を主任が受け取ると、それをスクリーンに映した。

え?ちょっと、あんな走り書きの絵を会議の場で見せるんですか?正直、やめてほしい……。


「突然呼んでしまって悪いんだけど、商品の説明をしてください」

みんなコソコソと話をしながらスクリーンを見てる。

色もなにもないただのボールペンで描いた絵なんだ、笑われるにきまってる。もう逃げ出したい……。


一瞬横にいる主任の顔を見上げると、緊張しているのが伝わったのか、私にしか分からないくらいの微かな笑みを浮かべた。

「自分で考えたことをそのまま言えばいいよ」

小声でそう言われ、私はスーっと深く息を吸い込んだ。


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