エリート上司と偽りの恋
ーー
短い夏休みに入って二日目、私は約束通り福岡に帰っていた。
「もしもし?私」
『早かったね、五分くらいで着くから待ってて』
スマホで時計を確認すると、もうすぐ十七時になろうとしている。
結衣は結婚してからも変わらず福岡に住んでいて、東京にいる私は夏休みと正月くらいにしか会いに行けない。前に実家に帰ったのは正月だから約十ヶ月振りだった。
自分が選んだことだけど、正直少し寂しいって思うときもある。
駅には新しいラーメン屋ができてたけど、他はなにも変わってないな。
駅の外を見渡していると、見たことのある白い軽自動車がロータリーで止まった。
運転席から出てきたのは、私に似た顔だけど私よりも少し目が大きくて、肩よりも長い黒髪を揺らしながら私に向かって手を振る結衣。
「旦那さんは大丈夫なの?」
「うん、久しぶりなんだからゆっくりしておいでって。だから私も今日は実家に泊まるよ」
「そっか、なんかお腹すいちゃったー」
「さっきお母さんに電話したら、麻衣の好きなもの沢山作るって」
「てことは、結衣の好きなものも沢山食べれるってことだね」
実家に向かって車を走らせながら話す私たちの間には、「元気だった?」なんて言葉は必要ない。
顔を見て、声を聞けばなんとなく分かるから。
「ただいまー」
見慣れた一軒家、クリーム色の壁に懐かしい家の香り、それだけで私はホッとできる。
「お帰り!麻衣、あんたちゃんと食べてる?ちょっと痩せたんじゃないの?」
玄関で出迎えてくれたお母さんは、正月に帰ったときと同じことを私に言った。
「食べてるよ、これでもちゃんと自炊してるんだから」
私もまた、同じ言葉をお母さんに返す。
決して美人ではないけれど、小さくて笑顔がよく似合う柔らかい雰囲気のお母さん。
反対に、子供の私たちから見てもいまだにかっこいいと思ってしまうお父さんは、背が高くて鼻も高くて歳を重ねても体型はずっと変わらない。
きっとどちらかというと私はお母さんで、結衣はお父さんは寄りなんだと思う。