空って、こんなに青かったんだ。

ただし特に興味もなく聞くともなく聞いたというか耳に入ってきただけのことなので本当にそうなのか?は拓海にも自信はない。

まあミタメ的?にはスラっとして手足が長く見える川津は多分投手なのだろう、と思ったりもしたのだが。

そして今、つき合っている唐沢あきなも同じクラスにいたのだ。

でもその時は別段、どうということもなくお互い無事に二年生に進級して今度は違うクラスになってから初めて、あきなのほうから交際を申し込まれた。

拓海はF組となり、あきなはC組と、別々のクラスになっていたのだけれど。

もともとあきなは拓海のことが気になっていたらしいのだが、告ってフラれて同じクラスで顔を合わす毎日、というのが耐えられないだろうと想像して黙っていたらしい。

しかし二年になってクラスが分かれるとフラれる恐怖よりも一緒にいたいという欲望のほうが大きく上回ってついに友人の手を借り告白に出た。

ずいぶんとドキドキ緊張もしたんだけど、拓海の答えはあっさりオーケー。その時はうれしさより解けた緊張で溶けたバターのようになった。

それ以来ほとんど毎日、一緒に登校して一緒に下校している。

のんびり屋の拓海と大人しいあきな。ちょうど波長が合うようだ。そんなことがあったのが五月のゴールデンウィーク明け、あれからもう二か月だ。

その間、相変わらず拓海は帰宅部、毎日毎日何もせずただ伝書鳩か昔の老舗の御用聞きのように祖父母宅と学校を行き来している。

何かをやりたい、と全く思わないわけでもないらしいのだが、しかし前に進めない。

もともと気弱で向上心に乏しいのだ。

何をしたらよいのかわからない、あるいはやはり何もしたくない、めんどくさい、どちらが本当の自分なのか?どちらが本心なのか?

時に考えないこともないのだが結局は答えが出ず思考を中断させてしまう、そんな日々を送っていたわけだ。

そうそう、拓海は二年生になっても何の縁か、また健大、圭介、星也と一緒になった。

まあどの高校に行ってもひとクラスに数人は坊主頭はいるだろう、カナラズ。

仕方のないことだ。拓海はそう考え諦めることにした。そして二年生になってからは圭介や星也ともときどき話をするようになった。

久保田ってヤツはなんとなくお調子者的な雰囲気を醸し出しているけど、かと思えばやたらと真面目なところもある、掴みどころの難しい奴だな。

川津星也といえば無口でニヒルな野球部員をキメこんでいる。あまり口を開かず話題の周りで薄笑いを浮かべているタイプ。そんな印象があった。

でも決して悪い印象はない。試合の勝ち負けの、八割を握るといわれる投手なのだ、カレは。

喜怒哀楽を常にまき散らし、感情ムキ出しの大安売りではツトマラナイ。だからきっとニヒルになったんだ。

自分もリトルリーグ時代、監督からそういわれ続けて来たんだ。

「いちいち、感情を表に出すな。エラーがなんだ、そんなの野球につきものだ。感情が乱れれば投球が乱れる。チャンスで見方が凡退?満塁のチャンスが無得点に終わった?それがどうした?点が入ろうが入るまいが自分のピッチングをしろ!それが出来なきゃエースじゃない。状況に左右されるな。自分を見失うな!」

と。

リトル時代の監督の顔がふと目に浮かんだ。そう、憎めないタヌキのような顔だった・・・

つまり川津、そうじゃなくてはダメなんだよな?それが野球だ、求められる投手像だ。

拓海はいつもそう思いながら星也の横顔を眺めていた。

 
川原の土手の上からの景色はなかなかのもんだ。ここに引っ越して来て以来、拓海は結構ここが気に入っている。

だから駅への道はほかにもあるし、むしろ他の道のほうが大多数の生徒が使う普通の通学路なのだが拓海はほとんど毎日、川原を歩いていた。

ここに限らず東京よりもいいな、と感じるところが沢山あった。もちろん不便を感じることも多々あるし勝手の違うことも多い。

だけどそれらを差し引いてもやはりここは悪くない、と思っている。なんといってものんびり出来る。それがいちばんだ。

自分に合っている、と思う。

風はわずかだが頬をかすめる。爽やかだしのどかだ。

 小学校の三年生でリトルリーグに入り、中学二年でシニアリーグを辞めるまで、毎日素振りをした。いや、やらされた、というのが本当のところなのか?

最初はプロに行って親孝行をしたいと思った。
辛いことも多かったが父親も母親も真剣に応援してくれたのでそうそう簡単にネを上げたり弱音は吐けなかった。

本当はそうしたいときもあったが許されない雰囲気も薄々は感じていた。

もともと精神的に強いタイプではなかったと思っているし、ジッサイそうだし。

それでも自分なりに頑張って努力もした。だけどついにあの時、心が折れてしまった。両親が離婚したとき、だ。

あるとき、「ポキッ」と、音がしたように・・・・

それはずいぶんと乾いた音色のように拓海の中では記憶されている。

非常に短い音で、一瞬のことで、今まで聞いたことのないような音???で。

それが頭の中なのか、心の中なのか、よくわからないけど確かに聞こえたとき、なんか全てが終わったような気がしたんだ。

もういい、やめた、って思った。

怒られるとか、今までの努力が無駄になるとか、これからどうするとか、そんな当たり前で常識的な意見なんて聞きたくもなかったし思ってもいなかった。

ただただ開放されたかった。弱虫でも卑怯者でも何でもいい、その場所からいなくなりたかったんだ、きっと。

その場所、っていうのは現実に存在している場所じゃなくて家族に囲まれている自分、野球をやっている自分、多くの期待のために頑張っている自分、無理をしている自分、努力は大切なのもだ、って大仰な呪縛に囚われてる自分。

つまり状況のこと?うまく言えないけど多分そう。
 
いつもここを歩いていると、ときにそんなことを思い出したり考えたりする。両親を、とくに父を裏切った、という罪悪感は正直、ある。毎日毎日、食事のあと一時間の練習につき合ってくれた。

リトルやシニアリーグで名を馳せ、名門高校から誘われたのも父親のお陰だ、多分。

恩義は十分に感じている。だけど離婚したとき、なぜだか母親よりも父親に嫌悪感を感じた。

悪いのは父親であり、責任も父親にあると思った。許したくない、と思った。その理由は今でもよくわからない。

自分は父親っ子、だと思っていたのに、だ。

健大たちのいる野球部の練習を見るともなく目にしたことが何回かある。
硬球をはじく金属音。男子生徒たちの野太い声。

スライディングやボールに飛び込む際の舞い上がる土埃。不思議な感覚だったな。

だっていつもは、いやずっとあの金網やネットの中にいたのはこの自分だったんだから。

あいつらじゃないんだよ。この俺、だったんだ。
だからなんであいつらが野球、やってんだ?なんで俺が、それを見てるんだ?って気持ちはいつも感じてたよ。

つき合いだしてからいつもあきなと学校帰りは一緒だったけど、そのたびふたりでいることを忘れてそんな心境に陥った。

するとあきなはいつもこう言った。知らず知らずのうちに立ち止まって練習を見てしまうオレに。                         

「どうしたの?」                                     

いや、べつに。とくに理由はないんだ。もう一回やってみようとか、やり残した感とか、未練がましいことなんかゼンゼンないよ。

ただ、なつかしい?そんな気は、正直、する。
だって、いちどは自分の人生を賭けてたんだからさ・・・・

それに、オレ、野球やってたこと、イッテナカッタしね、まだ・・・・

また、川原の土手に風が吹いたね。ねえ、あきな、気持ちいいよね。

心の中で拓海はとなりを歩くあきなに話しかけた。そういえばあいつら、今日、三回戦だったよな、どうだったろう、負けたかな?

健大の奴、出られたのかな?あいつは良い根性してるからきっとモノになるさ。

久保田は?川津の奴、打たれても平気な顔、してんだろうか?見に行けばよかったかな?

まあ、まったく気にならないと言えば多分嘘になるかも、でもそんな程度だよ、ホント。
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