空って、こんなに青かったんだ。
 世の中、そう簡単じゃないよな、ましてや甲子園だし、日本中の高校の野球部の連中がみんな行きたがってるんだから、シノギヲ削って。

次は三番バッターだ、もうここで切らないとマジ、ヤバくなる。

勇士は輪を解くときに拓海にコッソリ耳打ちした。

「もう、締めような。マジでイコウ、マジで!真っすぐで攻めまくるぞ!」

拓海は黙って首を縦に振った。

「よし、ここからが本番だ。今までは前座だ!」

これから本当の勝負が始まる、拓海は今、そう思っていた。その勝負とは自分との戦いだ。相手とじゃない。

拓海はそう思いながらなんだか自分が再び野球をやってみようと思った理由が今、わかりかけてきた気がしたのだ。

そう、今、この場で。

スタンドの応援はもうどちらも悲鳴だ。英誠も作川も。
だけど拓海はそんな球場の雰囲気からは一歩下がったところに自分がいるような気がしていた。

自分がプレーしているのに自分が自分を見ているような気が。
そしてそれは今までに経験したことがないような感覚だったのだ。

さあ、ネクストからは三番バッターが入ってくる。このバッターには今日は二安打されている。要警戒だ。勇士がサインを決めた、初球はインハイのストレートだ。

拓海がセットに入った。ボールを長く持つ。集中だ。集中!

足を高~く上げて~ナゲタッ~~~!!!

内角高めにギリギリ~と、相手打者が打とうか打つまいか悩んだバットはよけながら出されたような結果となってバットに当たってしまったのだ。

コロコロっ、コロコロっ・・・・

バッターはフェアーかファールか微妙な一塁線に転がって行った打球を見て、すぐさま一塁に駈け出した。

そう、高校野球では兎に角、何があってもプレーを続行するのだ、自分でジャッジしないこと。これがジョウシキ。

これを破るのはゴハット、なのだ。
あわてた健大がダッシュ、勇士もかぶっていたマスクをかなぐり捨ててダッシュ。

当然、投げ終わったばかりの拓海もダッシュ!

しかし、いち早くボールに飛び込んで一塁に投げようとした健大をあざ笑うようにボールは無情にも健大の足元で止まってしまい、バッターランナーは一塁ベースを駈け抜けてしまったのだ。

「セーフっ!!!」

なんという無慈悲な打球・・・・
スコアーボードに「H」のランプがつく。ヒットだ。

野球では、野手にその責任がない場合はヒット、となるのだ、公式記録では。
なのでヒット。

だって健大も勇士も、そして野手でもある投手の拓海にもこの打球をアウトにしなければならない「セキニン」がないからだ。

で、結果はなんとツーアウト満塁、ダ・・・・

俄然生き返る作川学院応援団。
ひるがえって炎天下で水を打たれたように静まり返る英誠学園応援団。

実に対照的な光景が球場にクリヒロゲラレタ。

そして作川学院としてはこれ以上ないバッターを迎える、そう、初回にホームランを放っている四番バッターだ。

ん~マイル~~~~

勇士が主審にタイムを要求する。

「タイム!」

勇士、健大、祐弥、亮太、そして護の五人がマウンドの拓海のところに集まる。
正直、あまりみな、顔色が良くないようだ。

「冗談、きついよな!」

「ナンなんだよ、あのシラケた打球は」

「打つならウテッテカ?」

みんななんとか暗くならないようにと気遣ってか、わざと冗談めかしてしゃべってはいるのだけれど、内情はかなりクライ。

「わるいな~足、引っ張っちまって・・・・」

亮太がしょんぼりとあやまった。

「イイじゃん、ベツニ!」

拓海は意図したわけではないのだけれど、普通に笑顔になっている自分がわかっていた。

「コーボーもフデのアヤマリ、ってか?」

「オマエ、ずいぶんムズカシイこと、シッテンじゃん?」

やけに学識めいたことを言って悦にイッテる勇士を健大が茶化す。

「ベツニ、ヨユウだし」

六人に笑顔が戻った。

「ヨシ、次は何があってもしっかり守ろう!ここで、終わらす。イイなっ!」

勇士が力強く言い放った。

「ヨッシャ!頼む!」

健大が左手にはめたファーストミットで拓海の左肩を抱き寄せた。

「頼むぜ!」

六人はそこで輪をといた。
こういう時にバッテリーは心がひとつにならなければ勝てない。

「真っ向勝負は危険が伴う。慎重に攻めよう」

勇士のこころは決まっていた。

「プレイ!」

主審が試合再開をつげる。もう、あたりそこねだろうが、ポテンだろうが、一切の出塁は許されないのだ。

野球に勝って勝負に負けてはダメ、なのだ。

そう、何が何でもアウト、を取れなければ・・・・

ブチョウ先生は逆転を阻止するため外野陣さらに前に出した。そのかわり外野の頭を越されればサヨナラ負けだ。

しかしそれは絶対にないという拓海への厚い信頼。

拓海がセットに入った。

が、ここで一球、プレートを外してセカンドランナーを牽制した。
英誠学園にとっても重要な逆転のランナーだ。出来るだけベースに張り付かせていたい。

そしてふたたび、セットに入った。

足を上げる

「ビュッ!」

スピードの乗ったスライダーがアウトローに決まった。

「スットライック!」

主審の右手が大きく上がった。幸先よくストライク先行だ。絶対に長打は避けなければならない場面のため、勇士はもうインコースは使うとしても見せ球、と決めていたのだ。

「勝負はアウトコースだ!」と。

カーブを混ぜてストレート一本待ちのタイミングを狂わせたいところでもあるのだけれど、カーブはすっぽ抜けていわゆるハンガーカーブになるのが怖かった。

ハンガーカーブとはバッターの肩口からスーッと何の変哲もなく入ってきて、いかにも打ってください的?なボールのことだ。

芯で捉えられればものすごく飛んでしまうのだから長打力を持った打者には紙一重の危ない球にもなりかねない。

しかしどうしても早めに追い込みたい、相手に考える時間を与えずにさっさとツーストライクを取りたい、それが今は最善の策だ。勇士はリスクを最小限にするために次もアウトロー、そして球種は真っすぐを選んだ。

サインを送る、拓海も一発OKだ。

「ビュッ!!」

指にかかった剛速球が勇士のミットを鳴らした。

「ストライク~~!」

さあ、いよいよ追い込んだ。

「イナモリ!イナモリ!」

一塁側の大応援団の拓海の名前を叫び続ける声がスタンドの外にまで大きく響き渡っている。そして三塁側も凄い声援だ。勇士はそんな大声援を受けながら、実に冷静に知恵を絞ってい
た。

「外角一辺倒と思われて踏み込まれるのも怖いな。大柄でリーチがあるぶん、届いちまう。だけどインコースをゾーンには入れたくない、長打が怖いから。

しかしインコースを厳しく行って踏み込まれた場合、結果デッドボールになる危険がある。ナヤム~~

だけど・・・・ん~~~、もう一球、アウトロー真っすぐ。踏み込まれたらその時だ。少なくても拓海の球威なら内野の頭を越えることすらないはず。

ヤツのボールに賭ける!」

勇士はサインを出した。拓海もうなずいた。

「ヨシ!」

セットに入る、足があがった!

「ん~~~~っ!ビュ~~~ん!」

「バチッ~ン!」

アウトローギリギリかあ~~~?バットは出てない、トマッタ~~!

「ボール!」

アウトローにボール一個ぶん外れた投球に、主審はストライクを取らなかった。

「オシイオシイ!」

「イイとこイイとこ!」

内野から声がかかる。

「いいボールだ!」

勇士は返球するとき、拓海に声をかけた。カウントはワンボール、ツーストライクになった。相手は踏み込んでは来なかった。

だけどギリギリ、外角いっぱいに届くところに立っている。
勇士はカーブで一球、外すことを考えた。

「真っすぐ一本のタイミングを外しておきたい。そして次のストレートで勝負!」

拓海も勇士の意図を理解したようだ。四球目のカーブを間違っても甘く入らぬように、大きく外れるようにアウトコースに持って行った。

「ボール!」

これで平行カウントになった。

「ヨシ、アウトロー勝負。真っすぐだ!」

「これで、キメル!」

拓海も心は同じだった。セットに入る、そしてナゲコム!

「ビュッ!!!!」

「ごキッ!」

ずいぶんと鈍い音がした、

その拓海が投げ込んだ渾身のボールは、四番バッターのバットの先っぽに当たってフラフラっと一塁側のファールグラウンドに上がってイッタ。

健大が追う、捕ればゲームセットだ!
まだ追う、まだ追う、ん~~~~っスタンドに入りそうだ~~~

捕れるのか?

あ~っと、健大がフェンスにハリツイタ~エッ??フェンスにノボッタ~~~?

「ゴ~ンっ」

「ファールボール!」

バッターが苦し紛れに出したバットに当たった打球は健大がネットによじ登って必死に出したグローブのほんの僅か数センチ先を通過して、スタンドの最前列に音を立てて落っこちたのだった。

恐るべし健大のファイトに英誠学園応援団から大きな拍手が起こった。

「平山~~ナイスファイト!」

どこまでも熱くて、そしてクールな奴だ。

まるで何事もなかったようにそのまま守備位置に戻って足場を均しにかかってる。

「タブン、こういう一瞬を、あいつらと一緒に味わいたかったんだな」

拓海は自分と目を合わそうとしない健大を見ながらそんなことを思っていたのだった。健大が自分と目を合わそうとしないのは恩着せがましくしたくないからだ。

あいつは今のプレーをベツニたいそうなこととは思ってないのだ。あいつにしたらピッチャーが頑張って投げてるんだから、目標の甲子園が目の前なんだから、必死に追いかけるのはアタリマエ、なのだ、キット。
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