常務の秘密が知りたくて…
「それはないやろー。秘書は自分で決められるって言よったで。今回に限って、なんてこともないやろうから長丘が自分で絵里ちゃんを指名したんやと思うけど」

 今度は私が目を丸くする番だった。そんなはずはない、それならどうして常務は最初に私が秘書にした理由を尋ねたときに答えてくれなかったのか、そもそもどうして私を……。

「あいつ、忘れられへん女がいるんやって」

 何の前触れもなく言われた言葉に全身が揺す振られて、心臓が一気に音を立てながら速く脈打つのを感じる。坂本様に視線を遣ると先程までくつろいでいた姿勢から身体を起こし、真面目な顔で私を真っ直ぐに見つめていた。

 別に私は常務のことを、と否定しようとしたが坂本様が言葉を被せてきて、喉まで出かかった言葉を飲み込ませた。

「昔、飲んでたときにぽろっと言うてたわ。だから誰にも本気になれへんらしい」

「……どうしてその話を私にするんですか?」

 常務がどんな恋愛をしてこようと、どんな恋愛をしようと私には関係ない。関係ないはずなのに胸のざわめきが収まらない。だって私は

「紅茶が美味しかったから」

「はい?」

 返ってきた言葉に私は肩透かしを食らった気分だった。坂本様の話すペースは独特すぎてなかなか追いつけない。現に今は最初に会ったときと同じような笑顔を浮かべて空のカップを指先で掲げる。

「いや、本当。冗談抜きで今までの秘書ちゃんたちが淹れたどの紅茶よりも旨いわ。絵里ちゃん、なかなか素質あるで」

「ありがとうございます」

 なんだか訳がわからないいまま褒められたが、とりあえずお礼を告げた。

「この紅茶が飲めんようになるのは惜しいなと思って。それだけや」

 にかっと笑う坂本様に対して私は軽く息を吐いて立ち上がると、空のカップを受け取り紅茶のお代わりをもう一杯淹れることにしたのだった。
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